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数式使いの解答~第一章 砂の王都~

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 何も不思議なことではない。学校とは、お金を持った貴族や王族、武官文官などの子が行く場所になっている。
 一般家庭において勉学とは、家業を継がせるため、あるいはお嫁に出して恥ずかしくないように施す物という認識が強い。
 そのいったことを含めてローレンツは、
(……数式なんて宿屋には必要ない。だが、それを勉強しようと思う子、か。珍しい子だな。)
 そんな風に思った。
「じゃあマルコ君。数式ってどんな物なのか知ってる?」
「そのくらい知ってるよ。本を読んだんだもん。――数式ってのは、『物理現象に干渉する方式と、それに与えられる数値』のことを言うんだ。でもって数式を研究する人が数学者、応用したり実際に使えるようにするのが数式使い。数式を開発したのは<始まりの数学者>って呼ばれるニュートン・アイザック。数式は今、コンロとかお風呂とかにも使われていて、生活になくてはならないものなんだろ?」
 年齢不相応な知識、言葉の選択だと言えた。
 おそらく、難しい本をどこからか拾ってきて、ゆっくりと時間をかけて咀嚼するように、解読していったのだろう。
 ミリアはマルコの解答に驚きつつ、次の質問に移ることにした。
「じゃあ今度は、数式の種類について答えられるかな?」
 これは難しい質問である。
 仮に学校に行っていたとして、数式とはどんな物なのかを学んだ後は、簡単な数式を実際に書くことから始まる。数式の種類を学ぶのは、高等部へ進学する際だ。
 しかし彼女は、この問題を出した。
 だがマルコは、
「それも知ってる。"単位式(ユニット)"と"法則式(ルール)"のことだろ。単位式は力の数値を定めれば発動できて、法則式は空間の座標とかも同時に定めなきゃいけないんだ」
 得意そうに言う。
 もしかするとこの少年、近所の人たちに知っていることを自慢したのかも知れない。
 そうならば、周りの大人たちよりも自分が知識を持っていることをわかっているのだろう。
 だが、彼が考えているほどこれは簡単な問題ではなかった。
「惜しいわね。単位式は基本的に、数式符の方向と力の数値の二つを必要とするのよ。普通はベクトルを与えるって言うんだけどね。それから法則式に関してだけど、必ずしも座標を必要とはしないわ。法則式の場合、数値が与えられなければその数値はゼロとして扱うのよ。だから、発動させるために数値を与えるのではなく、思ったとおりに発動させるにはいくつかの数値がいるってだけ。わかったかしら?」
「へー! そうだったのか!」
 天狗の鼻を折ったと、ローレンツは思ったのだが、マルコは見た目ほど天邪鬼ではないらしい。むしろ勉学においては素直とさえ言えた。
「――それでそれで? 次はどんなことを教えてくれるんだ?」
 珍しく無邪気な表情でマルコが言った。
「そうね、次は数式符について教えてあげるわ。数式符はどんな物か知ってる?」
「えーと、『書き込んだ数式を発動させず、保管しておくための物』だったっけ?」
 彼にしては自信が無さげだ。
 しかし、
「正解よ。数式符にはたいていの場合『発動キー』があるのだけれど、本質的には保管よ」
「はつうどうきー? なんだそれ」
 この言葉は初耳だったようだ。
「発動キーっていうのは、数式を発動させるための鍵のこと。実際に見てみたほうが早いわね。ローレンツ君! 少しの間この子を見ててくれる?」
 ミリアはローレンツの方を向いて声をかける。
 それに対して、
「ああ、いいよ。ついでに俺の分の数式符も頼んでいいか? ブレークのSを十枚とプレートのSを二枚ほど」
「わかったわ。どっちもSサイズでいいのね?」
 ローレンツは首を縦に振り、おう、と言った。
 ミリアが駆け出すと同時に、
「なあ、ブレークとかSとかどういう意味だ?」
 マルコがたずねる。
 つくづく知的好奇心が旺盛である。
「ブレークってのは紙製の数式符のことだ。発動キーは破ること。だから通称ブレーク。さすがにそれだけだと暴発しやすいから、書き込んだ数式名を言うことも必要だが。プレートは金属製の数式符。発動キーは特に設定されていないから、数式を書き込むときに発動キーも一緒に書くんだ。最後にSってのはサイズのこと。ようは大きさだ。上からL、M、Sってある。もっと細かくわけているときもあるが、基本的にはこの三つのサイズが主流だな」
「はーん。なるほど」
 少しばかり生意気な態度だ。
 だが、ローレンツはそんなことを気にせずにいる。
 すると突然、
「――なぁ、あんた、剣士なんだろ。剣を見せてくれよ」
「剣を、か?」
 そんなことを言われると思っていなかったのか、少々面食らった様子だ。
 ローレンツの問いかけに対して、マルコは首肯する。
「――うーん、じゃあ、一つだけ教えてくれるか? なぜ剣を見たいんだ?」
 一瞬の間が空き、
「……オレ、騎士になりたいんだ。だから、剣とか数式を勉強したいんだよ」
 答えを聞き、どこかポカンとしたようだったが、ローレンツは薄く笑い、
「……そうか。ほら、好きなだけ見るといい」
 腰に差した剣を抜き、しゃがんで自分の膝上に置いた。
 マルコはローレンツに近づき、まじまじと剣を見る。
 鋼色をした、かなり分厚い刀身。鍔と柄、鞘は吸い込まれそうなほどの黒。長さは一般的な片手剣と同程度。最も特徴的だったのは、鍔の直ぐ上に何かを挿し込む隙間があったことだ。
「なぁ、この穴、なんに使うんだ?」
「ん、これか? こいつはスロットだ。この剣は作った奴が変な奴だったせいで、カートリッジシステムってのを使ってるんだ。ちょっと使って見せようか?」
 コクリ、とマルコが頷く。
 OK、わかったと言い、ローレンツはホルスターからプレートを一枚取り出した。
「――このプレートには単位式"ジュール"の数式が書かれてる。こいつを剣に挿し込むと、」
 一瞬、刃から炎が飛び出した。
 そして炎が消えると共に、赤熱した刀身が姿を現した。
「――ジュールは熱を放出する式でな、そいつを挿し込んだから剣が熱を持ってるんだ。……そろそろ終わりにするぞ」
 そう言ってローレンツは剣からプレートを抜いた。
 それからマルコの方を見ると、うつむいて身体を震わせている。
(……しまった。怖がらせたか?)
 そう思ったときだ。
「うおおっ! スッゲー!! なぁあんた、もっといろいろやってくれよ!」
 キラキラした瞳でローレンツを見上げる。
 ローレンツはマルコに圧倒され、少々顔を引きつらせながら答えた。
「悪い。今日はこれから少し用があるんだ。ほら、ミリアも戻って来たみたいだから、彼女に教えてもらってくれ」
 ローレンツは指をさす。
 その方向には、手に紙袋を抱えたミリアの姿がある。
 マルコがそちらを見た隙に、ローレンツは剣をしまった。
 こちらが見ていることに気づいたのか、ミリアは軽く駆けてきた。
「遅くなってゴメンね。ちょっとブレークを買いすぎちゃってさ」
 言いながらペロリと舌を少し出し、紙袋を掲げて見せた。
 パンパンに膨らんだ、今にも破裂しかねないような袋だ。
「ミリア、それどうするんだ?」
 引きつった笑みで、ローレンツがたずねる。