今の写真を
ようやく今日の授業が終わった。僕は足立卓という名前が書かれている教科書を机の中にしまう。
この高校に入学してもう一ヶ月以上がたつ。高校の授業は中学と違って難しいと思っていたけど、そうでもなかったのでなんだか拍子抜けした気分だ。だが簡単に越したことはないのでこれはこれでいいと思う。
窓の外では桜の花がきれいに散ってしまい、変わりに鮮やかな新緑へと衣替えをしている最中だ。
「卓、この写真見てくれよ」
不意に名前を呼ばれ振り返ると、そこには大きな瞳でショートカットのさやわやかな青年、友人である坂上真一が立っていた。
「何かいい写真が取れたの?」
「ああ、これだ」
そういうと真一は鞄の中から一枚の写真を取り出し、僕に渡してくれた。
「これは…すごいね」
どこまでも続く水平線の向こうに、沈みかけの太陽が浮かんでる。海には夕日の光が反射しており、写真一面がきれいなオレンジ色だ。
「すごいだろ。この間カメラ持ってウロウロしてたらたまたま撮れたんだけどな、実際はもっときれいだったぞ」
そういって自慢げに話をする真一。たまたまでも偶然でもこういう写真が取れるのはやっぱりすごい。真一には写真家としての才能があるのかもしれない。そんなことを思っていると
「何?真一君、また写真が撮れたの?」
と言いながら、一人の女の子が近づいてきた。彼女の名前は浅原舞、僕らの友人だ。
浅原さんは肩口あたりまで伸ばした黒い髪を書き上げながら、その猫のような目で僕が持っている写真を覗きこんだ。
「わぁ、すてきな写真だね」
「だろ?自信作だ」
さらに自慢げになる真一。
僕ら三人はときどきこうやって自分が撮ってきた写真を見せ合っている。
きっかけは中学校のときだった。僕が学校にデジタルカメラをいじっていると、真一が話しをかけてきて、写真をみせて欲しいといってきたので見せてあげた。すると真一も自分の持ってきていたデジタルカメラをみせてくれたのだ。彼は風景などの写真を撮ることが好きなようで、カメラを持っている僕もそうなのではないかと思い話をかけたらしい。
すると僕らがそのようなやり取りをしていると浅原さんが加わってきた。どうやら彼女も写真やカメラに興味があったようで、面白そうな会話をしていると思ったようだ。
そして、たまたま同じ高校に入った僕たちは、今だこうやって写真の見せ合いをしている。
「そういえばさ、真一」
僕はあることを思い出したので真一に尋ねてみることにした。
「今日ってバイトの日じゃなかったっけ」
「今からもういくよ。写真は預けとく。焼き増しがほしかったらメールで連絡してくれ」
真一はそう言うと荷物をまとめてそそくさとアルバイトに行ってしまった。
その後姿を見送ると今度は浅原さんが話しかけてきた。
「坂上君、最近は特に急がしそうだね」
「新しいカメラが欲しいからバイトのシフト増やしたんだって。今でも十分にいいカメラ使ってると思うんだけどね」
真一はカメラに対する熱意が僕らよりも強いようだ。熱心すぎると思うこともあるが、そういうのを僕はかっこいいと思う。
「ふーん。相変わらず熱心だね」
「ほんとにね」
数秒の沈黙の後、
「…私たちも帰ろっか」
「そうだね」
浅原さんがそう切り出したので、僕は鞄を手に取り席を立った。
一年生の廊下は右端に空き教室が二つあり、そこから左にはクラス教室並んでいる。階段は中央と右端にあり、左端には非常階段がある。僕らは玄関に向かうために中央付近にある階段を下りて一階へ向かう。この学校は学年が上がるごとに教室が下の階にになっていく。最初は珍しいと思っていたが、慣れてしまえば特に気にならなくなってしまった。
上履きから靴に履き替え、校舎を出る。その日あったおもしろい出来事や、昨夜のテレビのことといった、他愛も無い会話を繰り返ししながら下校をする。次はどんな話をしようかと考えてると
「ねぇ、ちょっと訊きたいんだけど…坂上君ってさ、好きな人とかいたりするのかな」
浅原さんはこっちを向いて突然そんなことを訊いてきた。
けれど別に驚きはなしなかった。
中学校の頃から彼女と真一がとても楽しそうに話しているのを何度か見かけたことがあるし、最近もそういう光景を何度か見かけたこともある。付き合ってこそいないようだが、浅原さんは真一に対して好意を持っていると僕は思っている。
当然だろうと思う。真一は男の僕から見てもかっこいいし、最近は告白されたという話も聞く。そんな真一を近くで見てきたんだ、惚れてしまうに決まっている。
「どうしたの突然」
僕はなるべく平静を装って返事をする。
「だって坂上君ってさ、この前告白されたんでしょ?それなのに誰とも付き合ってないようだし。もしかしたら他好きな人がいるんじゃないかなって思って」
どうやら告白の件については彼女も知っていたようだ。
「そういえばそうだね。もしかしたらいるのかもしれない」
「誰なんだろうねぇ坂本君の好きな人って」
そう言って浅原さんは前を向きなおす。
僕も気になる。真一の好きな人っていったいどんな人なんだろう。それよりも、好きな人はいるのだろうか。
そんなことを考えていると、
「ところでさ、卓君は好きな人っているの?」
「えっ?」
少しだけ驚いてしまった。
どうして僕に訊くのだろうかと思ったが、さっきの会話の延長だろうと考えることにした。
「そうだね、一応いる…かな」
「ほんと?誰なの?」
少しだけこちらを向いて興味を示してくれた。
そんなの言えるはずがない。好きな人はとても身近にいる人だから。それにこれはもう叶わない恋なんだと思う。
僕はそんな思いを悟られないように少し笑った。
「いやいや、さすがにそれは言えないよ」
「いいじゃない。教えてよ」
「いやいや、ダメだって」
「えー、つまんない」
改めて回答の意思がないことを示すと、浅原さんはちょっとだけ不服そうな顔をして、前を向いた。
こういう会話をするのは、考えてみたら初めてなのかもしれない。他人の色恋沙汰についてはよく話しをしたりするが、自分たちのこととなるとからっきしだった。
そして僕はなぜだか浅原さんに同じこと訊いてみたくなった。答えはわかっているはずなのに。
「そういう浅原さんは好きな人はいるの」
「私?私はいるよ、好きな人」
以外にもすんなりと答えてくれた。
「え?誰?」
「そんなの言うわけないでしょ」
「まぁそうだよね」
「でもそうね…ヒントを上げようかな」
「ほんと?どんなヒント?」
「えっとね、結構身近にいる人。割と話したりするんだよね」
「他には?」
「…以上。これがヒント」
「情報少ないね」
「そう?でも卓君だとすぐに分かると思ったからこのくらいしか言えないんだけどね」
「さすがにそれじゃわかんないよ」
僕は苦笑を浮かべて言葉を返す。
「いいのよそれで」
浅原さんはいたずらな笑顔でそう言った。
僕はきっと自分の言いたいことも言えずに二人を見守っていることしかできないのだろう。
そんな話をしながら歩いているうちに分かれ道に差し掛かっていた。
「もうこんなとこまできちゃったね」
この高校に入学してもう一ヶ月以上がたつ。高校の授業は中学と違って難しいと思っていたけど、そうでもなかったのでなんだか拍子抜けした気分だ。だが簡単に越したことはないのでこれはこれでいいと思う。
窓の外では桜の花がきれいに散ってしまい、変わりに鮮やかな新緑へと衣替えをしている最中だ。
「卓、この写真見てくれよ」
不意に名前を呼ばれ振り返ると、そこには大きな瞳でショートカットのさやわやかな青年、友人である坂上真一が立っていた。
「何かいい写真が取れたの?」
「ああ、これだ」
そういうと真一は鞄の中から一枚の写真を取り出し、僕に渡してくれた。
「これは…すごいね」
どこまでも続く水平線の向こうに、沈みかけの太陽が浮かんでる。海には夕日の光が反射しており、写真一面がきれいなオレンジ色だ。
「すごいだろ。この間カメラ持ってウロウロしてたらたまたま撮れたんだけどな、実際はもっときれいだったぞ」
そういって自慢げに話をする真一。たまたまでも偶然でもこういう写真が取れるのはやっぱりすごい。真一には写真家としての才能があるのかもしれない。そんなことを思っていると
「何?真一君、また写真が撮れたの?」
と言いながら、一人の女の子が近づいてきた。彼女の名前は浅原舞、僕らの友人だ。
浅原さんは肩口あたりまで伸ばした黒い髪を書き上げながら、その猫のような目で僕が持っている写真を覗きこんだ。
「わぁ、すてきな写真だね」
「だろ?自信作だ」
さらに自慢げになる真一。
僕ら三人はときどきこうやって自分が撮ってきた写真を見せ合っている。
きっかけは中学校のときだった。僕が学校にデジタルカメラをいじっていると、真一が話しをかけてきて、写真をみせて欲しいといってきたので見せてあげた。すると真一も自分の持ってきていたデジタルカメラをみせてくれたのだ。彼は風景などの写真を撮ることが好きなようで、カメラを持っている僕もそうなのではないかと思い話をかけたらしい。
すると僕らがそのようなやり取りをしていると浅原さんが加わってきた。どうやら彼女も写真やカメラに興味があったようで、面白そうな会話をしていると思ったようだ。
そして、たまたま同じ高校に入った僕たちは、今だこうやって写真の見せ合いをしている。
「そういえばさ、真一」
僕はあることを思い出したので真一に尋ねてみることにした。
「今日ってバイトの日じゃなかったっけ」
「今からもういくよ。写真は預けとく。焼き増しがほしかったらメールで連絡してくれ」
真一はそう言うと荷物をまとめてそそくさとアルバイトに行ってしまった。
その後姿を見送ると今度は浅原さんが話しかけてきた。
「坂上君、最近は特に急がしそうだね」
「新しいカメラが欲しいからバイトのシフト増やしたんだって。今でも十分にいいカメラ使ってると思うんだけどね」
真一はカメラに対する熱意が僕らよりも強いようだ。熱心すぎると思うこともあるが、そういうのを僕はかっこいいと思う。
「ふーん。相変わらず熱心だね」
「ほんとにね」
数秒の沈黙の後、
「…私たちも帰ろっか」
「そうだね」
浅原さんがそう切り出したので、僕は鞄を手に取り席を立った。
一年生の廊下は右端に空き教室が二つあり、そこから左にはクラス教室並んでいる。階段は中央と右端にあり、左端には非常階段がある。僕らは玄関に向かうために中央付近にある階段を下りて一階へ向かう。この学校は学年が上がるごとに教室が下の階にになっていく。最初は珍しいと思っていたが、慣れてしまえば特に気にならなくなってしまった。
上履きから靴に履き替え、校舎を出る。その日あったおもしろい出来事や、昨夜のテレビのことといった、他愛も無い会話を繰り返ししながら下校をする。次はどんな話をしようかと考えてると
「ねぇ、ちょっと訊きたいんだけど…坂上君ってさ、好きな人とかいたりするのかな」
浅原さんはこっちを向いて突然そんなことを訊いてきた。
けれど別に驚きはなしなかった。
中学校の頃から彼女と真一がとても楽しそうに話しているのを何度か見かけたことがあるし、最近もそういう光景を何度か見かけたこともある。付き合ってこそいないようだが、浅原さんは真一に対して好意を持っていると僕は思っている。
当然だろうと思う。真一は男の僕から見てもかっこいいし、最近は告白されたという話も聞く。そんな真一を近くで見てきたんだ、惚れてしまうに決まっている。
「どうしたの突然」
僕はなるべく平静を装って返事をする。
「だって坂上君ってさ、この前告白されたんでしょ?それなのに誰とも付き合ってないようだし。もしかしたら他好きな人がいるんじゃないかなって思って」
どうやら告白の件については彼女も知っていたようだ。
「そういえばそうだね。もしかしたらいるのかもしれない」
「誰なんだろうねぇ坂本君の好きな人って」
そう言って浅原さんは前を向きなおす。
僕も気になる。真一の好きな人っていったいどんな人なんだろう。それよりも、好きな人はいるのだろうか。
そんなことを考えていると、
「ところでさ、卓君は好きな人っているの?」
「えっ?」
少しだけ驚いてしまった。
どうして僕に訊くのだろうかと思ったが、さっきの会話の延長だろうと考えることにした。
「そうだね、一応いる…かな」
「ほんと?誰なの?」
少しだけこちらを向いて興味を示してくれた。
そんなの言えるはずがない。好きな人はとても身近にいる人だから。それにこれはもう叶わない恋なんだと思う。
僕はそんな思いを悟られないように少し笑った。
「いやいや、さすがにそれは言えないよ」
「いいじゃない。教えてよ」
「いやいや、ダメだって」
「えー、つまんない」
改めて回答の意思がないことを示すと、浅原さんはちょっとだけ不服そうな顔をして、前を向いた。
こういう会話をするのは、考えてみたら初めてなのかもしれない。他人の色恋沙汰についてはよく話しをしたりするが、自分たちのこととなるとからっきしだった。
そして僕はなぜだか浅原さんに同じこと訊いてみたくなった。答えはわかっているはずなのに。
「そういう浅原さんは好きな人はいるの」
「私?私はいるよ、好きな人」
以外にもすんなりと答えてくれた。
「え?誰?」
「そんなの言うわけないでしょ」
「まぁそうだよね」
「でもそうね…ヒントを上げようかな」
「ほんと?どんなヒント?」
「えっとね、結構身近にいる人。割と話したりするんだよね」
「他には?」
「…以上。これがヒント」
「情報少ないね」
「そう?でも卓君だとすぐに分かると思ったからこのくらいしか言えないんだけどね」
「さすがにそれじゃわかんないよ」
僕は苦笑を浮かべて言葉を返す。
「いいのよそれで」
浅原さんはいたずらな笑顔でそう言った。
僕はきっと自分の言いたいことも言えずに二人を見守っていることしかできないのだろう。
そんな話をしながら歩いているうちに分かれ道に差し掛かっていた。
「もうこんなとこまできちゃったね」