アーク_2-1
☆2-1
「あ! いたいた、だいはっけ~ん!」
黄色い朝陽に照らされる中、空の彼方からホーキに乗ってやってきたのは、いかにも魔女っ子といった風情の女だった。黒いワンピースを身に付け、頭には大きな赤いリボン、さらにホウキの先端には、黒猫がちょこんと座っている。おまけにレースの布で表面を覆った鳥篭までぶら下げている始末である。
「ちょっ、あれ、いいの?」ベルはホーキに乗った女を指差した。「あのデザイン、ヤバくね?」
「ああ? 何が?」
「だって……ねぇ?」
アークは首を捻った。
ベルはいらいらして、地面に向かって唾を吐き捨てた。
「なんでそんな不機嫌なんだ、お前」
「別に」
ずいぶんとこじんまりしてしまったアークを睨みながら、ぶっきらぼうにベルは言った。
昨夜の魔物を撃退した後、金髪の青年の姿だったアークは、不細工なぬいぐるみへとその姿を変貌させた。犬ともトカゲともカエルともつかないその面構え、不自然に大きくてまるで翼のような耳、物もつかめなさそうな丸い手足、短い尻尾に神経を逆撫でするような黄金色をしたふわふわの体毛。そこいら辺の雑貨屋にいくらでも売っていそうなぬいぐるみの姿だ。子犬くらいの大きさのそれが、大きな耳をパタパタと羽ばたかせて飛んでいるのだから、昨夜のこともすべて夢だったのではないかと疑いたくなってしまう。
「あんたさぁ、人間の姿してなさいよ」
「やだね、疲れるから」アークは眉をひそめた。「なんでだよ?」
立ち寄った街には、首都に近いこともあり、天使たちが常駐をしていた。そのせいもあってか、街はなかなかの活気を誇っている。朝も早いというのに、市へ向かう人々が幹線に列を作っているのが見える。街の中央の丘の上には、横縞模様が特徴的な大きな教会がそびえ立つ。その周りを飛ぶのは、ホーキに乗った魔法少女たちだ。ここは、魔法少女たちが北へ向かうルートの、最初の中継地点なのである。
広場を見渡す。緩やかな勾配で扇形に広がるレンガ色の石畳が目に楽しい。円弧の中心には小さな泉が湧き、道行く人々が足を止めている。周囲を囲む建物は、天使光臨以前の戦火によっていまだ荒廃したままであり、さすがに修復されてはいるが、広場の石畳もところどころ破壊された跡が伺える。それでも、いまだ人を惹きつけて止まない美しさがあった。在りし日には、さぞ流麗な光景が広がっていただろうことは、想像に難くない。この広場も、旧時代から残る遺跡のひとつだと言われている。
「おい、聞いてんのか?」
「――別に」
ベルはまた地面に唾を吐いた。
そうこうしているうちに、件の魔女っ子が近づいてきた。
「魔法少女ベルちゃんですねっ。私、宅配天使のレーンって言います。私がベルちゃんの作業報告と定時連絡を担当するの。よろくねっ」
「え? ああ、そう」
さわやかな笑みを浮かべながら、元気よくレーンは言った。ホーキの先に座る黒猫も、軽く会釈する。レーンの短く切った黒髪がさらさらと揺れた。はつらつとした笑顔と歯切れのいい返事、まさに魔法少女の鑑である。……ただ惜しむらくは、いささか歳をとりすぎているということか。少女というには、あちこち育ちすぎている。まったく、妬ましい。
「天使族……よねぇ?」
「そうですよ~っ」
「なんでそんな格好してるの?」
「私、魔法少女にアコガレてるんです~っ! かっこかわいいですよねっ、魔法少女って!」
「ああ、うん、そう……」
「その格好は魔法少女じゃなくて魔女っ子だよ」という言葉は、太陽のような笑顔によって、生まれる前にかき消されてしまった。なんだか、やりにくさを覚えるベルだった。
「パラスの様子はどうなんだ?」
アークが聞く。愛想のない顔と声である。
「あー、はいはい、パラスさんですね。じゃあ準備しますねっ」
レーンはおもむろに黒猫の頭をポンと叩いた。すると、黒猫の目がカッと見開き、強烈な光を発する。
「うわっ、びっくりした!」
不意を突かれたベルは、思わず後ろにのけぞった。
「いいでしょう、この子。最新型のロボペットなんですよ」
「ロ、ロボットだったの」
「名前はジィジっていうんですよっ」
「――それはあんまり大きい声で言わないほうがいいと思うな」
「えーっと、パラスさんのチャンネルは……」
レーンはロボ猫の耳をつまんで微調整をかけている。
数回の揺らめきの後、黒猫の発する光の中、中空に、赤い小鳥の姿が映った。パラスだ。絵などとは違い、空中に厚みを持って半透明のパラスの姿が浮かび上がっている。手を差し伸べれば、触ることさえできそうだ。さすが、天使の技術は人智を超えている。
パラスはベッドに寝かされていて、白い掛け布団など掛けている。……姿は小鳥なのに、なんだか滑稽である。
「ああ、ベルさん。それにアークか」
パラスは難儀そうにもがくと、上体を少し起こした。
「面目ないです、こんなことになってしまって……」
力無く、パラスは言った。
「傷は大丈夫なの?」
「僕らの体は借り物なので、傷は問題ないです。ただ、たいしたことは無いんですが、霊体にダメージを受けてしまって。今はご覧の通り、首都で入院中です。ベルさんのお供はしばらく出来そうにありません、すいません……」
「いやまぁ、それは別にいいんだけど」
「油断したな、パラス」アークが口を挟んだ。「あんな魔獣ごときに遅れをとるなんて、いい恥さらしだな」
その物言いに、ベルは眉をひそめた。
「いや、まったくだね。偶然、君が来てくれなければ、どうなっていたことか……」
パラスはうつむきがちだが、アークの棘のある言葉を気にした風はなかった。
「あの人型の魔獣、おそらく新種だと思うけど、あれの件について、ユノさまに報告をしておいたよ」
「ああ、あのオバさんに」
口を挟むと、パラスは苦笑いした。
「どうやら、少し前から目撃情報があるらしいんだ。詳しい話はユノさまに聞いてほしい」
「わかった、もういい。無理はするな。俺は回復魔法が得意じゃないんだ」アークは夜通しパラスに治癒魔法をかけていたのだ。「あとは十二柱神がなんとかしてくれるだろう。お前は養生していろ」
「すまない。悪いな、アーク。後を頼む。ベルさんも、旅の幸運を陰ながら祈っています」
「うん。じゃあね」
手を振る。ロボ猫の光が消えると、パラスの姿も掻き消えた。
「お元気そうでよかったですねっ」レーンはニコニコと笑った。「じゃあ次は、ユノさまに定時連絡しましょうっ」
レーンが再びロボ猫を操作すると、今度はユノの姿が浮かび上がった。
ユノはネグリジェ姿で枕を抱え、目をこすっていた。寝起きらしいのに化粧は濃い。
「なんなのぉ? こんな朝っぱらからぁ」
遠くで潮騒の音が聞こえた。海の近くにいるのだろうか。人を働かせておいて遊びに行くとはいい根性をしている。
「ユノさま、魔法少女の定期報告ですよっ」
レーンがなだめるように言った。
「ちょっと、もうさぁ、あとにしてくれなぁい? 眠いんだけどぉ」
大きくあくびするユノ。神の威厳はどこへやらである。行動がそこらへんのオバさんと大差ない。
ベルが聞こえるように舌打ちすると、ユノは表情を変えた。
「あらっ、ベルちゃんじゃない。お元気?」
「あ! いたいた、だいはっけ~ん!」
黄色い朝陽に照らされる中、空の彼方からホーキに乗ってやってきたのは、いかにも魔女っ子といった風情の女だった。黒いワンピースを身に付け、頭には大きな赤いリボン、さらにホウキの先端には、黒猫がちょこんと座っている。おまけにレースの布で表面を覆った鳥篭までぶら下げている始末である。
「ちょっ、あれ、いいの?」ベルはホーキに乗った女を指差した。「あのデザイン、ヤバくね?」
「ああ? 何が?」
「だって……ねぇ?」
アークは首を捻った。
ベルはいらいらして、地面に向かって唾を吐き捨てた。
「なんでそんな不機嫌なんだ、お前」
「別に」
ずいぶんとこじんまりしてしまったアークを睨みながら、ぶっきらぼうにベルは言った。
昨夜の魔物を撃退した後、金髪の青年の姿だったアークは、不細工なぬいぐるみへとその姿を変貌させた。犬ともトカゲともカエルともつかないその面構え、不自然に大きくてまるで翼のような耳、物もつかめなさそうな丸い手足、短い尻尾に神経を逆撫でするような黄金色をしたふわふわの体毛。そこいら辺の雑貨屋にいくらでも売っていそうなぬいぐるみの姿だ。子犬くらいの大きさのそれが、大きな耳をパタパタと羽ばたかせて飛んでいるのだから、昨夜のこともすべて夢だったのではないかと疑いたくなってしまう。
「あんたさぁ、人間の姿してなさいよ」
「やだね、疲れるから」アークは眉をひそめた。「なんでだよ?」
立ち寄った街には、首都に近いこともあり、天使たちが常駐をしていた。そのせいもあってか、街はなかなかの活気を誇っている。朝も早いというのに、市へ向かう人々が幹線に列を作っているのが見える。街の中央の丘の上には、横縞模様が特徴的な大きな教会がそびえ立つ。その周りを飛ぶのは、ホーキに乗った魔法少女たちだ。ここは、魔法少女たちが北へ向かうルートの、最初の中継地点なのである。
広場を見渡す。緩やかな勾配で扇形に広がるレンガ色の石畳が目に楽しい。円弧の中心には小さな泉が湧き、道行く人々が足を止めている。周囲を囲む建物は、天使光臨以前の戦火によっていまだ荒廃したままであり、さすがに修復されてはいるが、広場の石畳もところどころ破壊された跡が伺える。それでも、いまだ人を惹きつけて止まない美しさがあった。在りし日には、さぞ流麗な光景が広がっていただろうことは、想像に難くない。この広場も、旧時代から残る遺跡のひとつだと言われている。
「おい、聞いてんのか?」
「――別に」
ベルはまた地面に唾を吐いた。
そうこうしているうちに、件の魔女っ子が近づいてきた。
「魔法少女ベルちゃんですねっ。私、宅配天使のレーンって言います。私がベルちゃんの作業報告と定時連絡を担当するの。よろくねっ」
「え? ああ、そう」
さわやかな笑みを浮かべながら、元気よくレーンは言った。ホーキの先に座る黒猫も、軽く会釈する。レーンの短く切った黒髪がさらさらと揺れた。はつらつとした笑顔と歯切れのいい返事、まさに魔法少女の鑑である。……ただ惜しむらくは、いささか歳をとりすぎているということか。少女というには、あちこち育ちすぎている。まったく、妬ましい。
「天使族……よねぇ?」
「そうですよ~っ」
「なんでそんな格好してるの?」
「私、魔法少女にアコガレてるんです~っ! かっこかわいいですよねっ、魔法少女って!」
「ああ、うん、そう……」
「その格好は魔法少女じゃなくて魔女っ子だよ」という言葉は、太陽のような笑顔によって、生まれる前にかき消されてしまった。なんだか、やりにくさを覚えるベルだった。
「パラスの様子はどうなんだ?」
アークが聞く。愛想のない顔と声である。
「あー、はいはい、パラスさんですね。じゃあ準備しますねっ」
レーンはおもむろに黒猫の頭をポンと叩いた。すると、黒猫の目がカッと見開き、強烈な光を発する。
「うわっ、びっくりした!」
不意を突かれたベルは、思わず後ろにのけぞった。
「いいでしょう、この子。最新型のロボペットなんですよ」
「ロ、ロボットだったの」
「名前はジィジっていうんですよっ」
「――それはあんまり大きい声で言わないほうがいいと思うな」
「えーっと、パラスさんのチャンネルは……」
レーンはロボ猫の耳をつまんで微調整をかけている。
数回の揺らめきの後、黒猫の発する光の中、中空に、赤い小鳥の姿が映った。パラスだ。絵などとは違い、空中に厚みを持って半透明のパラスの姿が浮かび上がっている。手を差し伸べれば、触ることさえできそうだ。さすが、天使の技術は人智を超えている。
パラスはベッドに寝かされていて、白い掛け布団など掛けている。……姿は小鳥なのに、なんだか滑稽である。
「ああ、ベルさん。それにアークか」
パラスは難儀そうにもがくと、上体を少し起こした。
「面目ないです、こんなことになってしまって……」
力無く、パラスは言った。
「傷は大丈夫なの?」
「僕らの体は借り物なので、傷は問題ないです。ただ、たいしたことは無いんですが、霊体にダメージを受けてしまって。今はご覧の通り、首都で入院中です。ベルさんのお供はしばらく出来そうにありません、すいません……」
「いやまぁ、それは別にいいんだけど」
「油断したな、パラス」アークが口を挟んだ。「あんな魔獣ごときに遅れをとるなんて、いい恥さらしだな」
その物言いに、ベルは眉をひそめた。
「いや、まったくだね。偶然、君が来てくれなければ、どうなっていたことか……」
パラスはうつむきがちだが、アークの棘のある言葉を気にした風はなかった。
「あの人型の魔獣、おそらく新種だと思うけど、あれの件について、ユノさまに報告をしておいたよ」
「ああ、あのオバさんに」
口を挟むと、パラスは苦笑いした。
「どうやら、少し前から目撃情報があるらしいんだ。詳しい話はユノさまに聞いてほしい」
「わかった、もういい。無理はするな。俺は回復魔法が得意じゃないんだ」アークは夜通しパラスに治癒魔法をかけていたのだ。「あとは十二柱神がなんとかしてくれるだろう。お前は養生していろ」
「すまない。悪いな、アーク。後を頼む。ベルさんも、旅の幸運を陰ながら祈っています」
「うん。じゃあね」
手を振る。ロボ猫の光が消えると、パラスの姿も掻き消えた。
「お元気そうでよかったですねっ」レーンはニコニコと笑った。「じゃあ次は、ユノさまに定時連絡しましょうっ」
レーンが再びロボ猫を操作すると、今度はユノの姿が浮かび上がった。
ユノはネグリジェ姿で枕を抱え、目をこすっていた。寝起きらしいのに化粧は濃い。
「なんなのぉ? こんな朝っぱらからぁ」
遠くで潮騒の音が聞こえた。海の近くにいるのだろうか。人を働かせておいて遊びに行くとはいい根性をしている。
「ユノさま、魔法少女の定期報告ですよっ」
レーンがなだめるように言った。
「ちょっと、もうさぁ、あとにしてくれなぁい? 眠いんだけどぉ」
大きくあくびするユノ。神の威厳はどこへやらである。行動がそこらへんのオバさんと大差ない。
ベルが聞こえるように舌打ちすると、ユノは表情を変えた。
「あらっ、ベルちゃんじゃない。お元気?」