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牧神の目覚め

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「ああ。でも僕は筆不精だから、あんまり返事しないけどな。キカイ苦手だし」
『知ってる』
 秀明は笑った。
『近況報告するよ、一方的に。前の俺のこと知ってるの、お前だけだから、知っておいてほしいんだ』
 孝はふと、気になったことがあった。
「中学校、通ってるんだろ?順応できてるか?」
 秀明は首を振った。
『あんまり。この身体は少年だけど、中身はおじさんだからな。俺は生きてたら若手教師くらいの年なんだし、ギャップはあるよ。中学生ってのはまだまだ子供だ。エネルギーがあり余ってる。かれらのノリについていくのも大変だ。ただ、俺が生まれ変わった目的はそこじゃないから、適当にあわせてるよ』
 心が大人のままで、半分子供なローティーンの中にいるのだ。楽ではないだろう。しかし、それでもやりとげたいことがある。孝は秀明の強い意志を感じた。
 扉を開けると、夕方だった。
「小説、がんばれよ」
 少年の姿の秀明は、頷いた。
 孝には一瞬、あの大きな人懐こい笑顔の秀明が重なって見えたような気がした。
『お前の子供に生まれ変われなかったのは、ちょっと残念だった』
「子供も何も。僕、嫁さんどころか、彼女もいないし」
『早く作れよ』
「何、中学生がませたこと言ってんだよ」
『うちのクラスメイト、紹介しようか』
「犯罪だからやめろ」
 いつのまにか、ふたりは笑っていた。
 夕焼けの中、秀明が手を振る。孝はその小さな姿が見えなくなるまで見送った。


 秀明が、とある有名な小説の賞を史上最年少で受賞したと、ニュースで知ったのはその数年後だった。
 そして、受賞後まもなく、秀明は交通事故で逝ってしまった。


 それから更に2年後。
 孝は、会社で知り合った女性と結婚していた。
 今は、妻の出産付き添いで、待合室にいた。
 孝の肩をふと、懐かしい人がぽん、と叩いたような気がした。
 はっとして顔を上げるのと同時に、分娩室の扉が開き、看護師が声をかけた。
「おめでとうございます。玉のような赤ちゃんですよ。性別は――」
「男の子でしょう?」
 あっけに取られる看護師を戸口に残したまま、孝は分娩室に入り、妻をねぎらった。
 赤ん坊を見る。新生児だからまだ顔の特徴などは出ない。いや、顔や身体など、外面的なことは問題ではなかった。
(――おかえり)
 あの魂が還ってきたのだ。
 牧神の、魂が。
「ちょっと、抱かせてもらえませんか」
 生まれたての子を抱きあげる。傍目から見れば、孝はただの子煩悩な父親だった。その状況も利用して、孝はまじまじと赤ん坊を見つめた。
(――これからは一緒だ。ずっと)
 赤ん坊は笑い、孝に小さな手を伸ばした。孝は人差し指をつかませ、今生はじめての握手をする。
 長い旅を終えて、親友はやっと、孝のもとへ戻ってきたのだ。

(終)
作品名:牧神の目覚め 作家名:今野綾子