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京都七景【第五章】

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「それをこれから説明するから、よく聴いておいてくれよ。まず第一回目だ。二人の男女が偶然出会って目と目を見交わす。そうして互いに悪くない印象を受ける。これで終わりなら当然恋愛に発展しないことくらい分かるだろう。だってあまりに日常的風景過ぎるからな。おそらくそれぞれの持つ好印象もその日のうちに忘却の闇に消えうせてしまうに違いない。そうさせないための第二回目だ。一週間くらいして、うん、そう、まず一週間くらいが次の段階への限界だろうな。つまり一週間を単位にして行動を習慣化している人は数多い。出会ったのが火曜日だとすれば、次の火曜日の同一時刻、同一場所で出会う確率が最も高い。もし出会わなかったらそれまでだが。とりあえず出会えたとしよう。そのときは、第一回目の印象をもう一度確かめ、自分の印象に確信が持てるようなら、一言でも言葉を交わして自分をさらに印象づけるよう心がけることだ。だが、しつこくなってはいけない。心中はどうあれ、行動はさらりとしていなければならない。古典的だが。「やあ、また会いましたね」とかなんとか、声をかけて相手の出方を伺うことが大切だな。相手が話しに乗ってくるようなら脈はある。なぜなら、恋とは、好ましい相手と過ごす時間を長引かせたくするものだから。だが、あせりは禁物、さわやかさを心がけましょう。ただし、次にあえる算段をつけられるかが、第三回目への別れ道だ。いかに、さわやかさを相手に印象づけたにせよ、別れ際に「今度いつ会えるかな」とたずね、「近いうちに必ず連絡するわね」といわれていい気になって、後で、電話番号一つ、聞かれてもいないことに気がついたら、さあ大変。もはや手の施しようもない。だが、あせることはない。こういう恋に、残念ながら発展はない。すっぱりあきらめて次の恋をじっくり待つことだ。どれくらいのじっくりになるかは、神のみぞ知る。人知の到底及ぶところではないわな。だが、相手がうつむいて、ちょっと恥ずかしそうに「来週またここで会えるかな」とつぶやいたとしたら、もはや君は天にも登らなければならなくなるだろう。だって、これは君の耳に、教会の成婚の鐘の音のようにやさしく響くからだ。こうなればしめたもの。あとは時間と場所に折り合いをつけ、心静かに第三回目を迎えること」

「三回目はどう過ごすのが理想的かな」と恐る恐るわたしがお伺いを立てる。

「まず、策を弄さないこと、これに尽きるな。カッコいいところを見せようと、自分に無理なアピールをしすぎないことさね。たとえば、着るものすべてを新調するとする。なるほど、それぞれの部分はブランド物で確かにカッコいい。だがコーディネイトは最悪といった事態に立ち至ることが、しばしばである。あるいはまた、不釣合いな高級レストランを予約する。行ったはいいが、君のそのTシャツとジーンズ姿で中に入れてもらえない。何とかしてくれろと泣きつき、入れてもらえたところがTシャツにネクタイ姿の不釣合い。もう笑うしかなくなる。こんなことはしないほうがいい。だって、相手は君に会いたくて来てくれるんだぜ。そこに答えが出ているじゃないか。だから、君はありのままの素直な自分を出すこと。ただしここが肝心だ。つねに相手を優しく親切にエスコートすること。女性は、自分を最も大切にしてくれるものに心惹かれるものだ。これが第三回目の要諦かな」

「なるほど、なるほど、上岡君、聞かせるねえ、不覚にも、『赤べこ』(岩手県の民芸品、紙製の赤い牛で、頭を糸で釣って上下に動くようになっているカワイイおもちゃ)のように首を何度も振ってしまったよ」と大山が感慨深げにうなづいた。

「で、四回目からはどうなるんだい」と堀井が真顔で質問する。
「ここまでお膳立てしたんだから、四回目からは自分で考えてほしいな。それに四回目からは人さまざまだし」
「なるほど、それもそうだな」と、あっさり堀井は質問を引っ込めた。

「話を戻すけど、その『出会い三回論』と神岡の失恋とはどういう関係にあるんだい」
と露野が難しい顔つきをする。
「だから、失恋じゃないって。時間が足りなくて三回までに至らなかっただけさ。時間さえあればおそらく何とかなったはずだ。そこが残念でたまらないところさ」
「で、その関係は?」
「ぼくの言いたいことわからない?つまり、出会いは三回に至って恋愛に変化するが、ぼくは一回だけだったので、恋愛にさえ変化せず終わったんだ。だから失恋とはいえないということさ」
「でも、残念だったんだろ?」と露野が一押しする。
「そうだよ」
「なら、それも失恋の一種だよ」
「どうして?」
「だって心を奪われているじゃないか。一回目は感じがいいと思ったとしても、その後会わなければすぐに忘れるものだって、自分でも言ってたじゃないか。それが、忘れられずに今も残念に思っているんだろう。ならば、それは失恋と考えるべきだ」
「いや、実はそんなに心に残っているわけじゃない。失恋の例が見つからなかったので、強いて出したまでさ。失恋などとは、とても、とても」

「相変わらず、やせ我慢が見苦しいな」とわたし。

「まあ、まあ」と大山が割ってはいる。

「それじゃ、どうだろう。まず、神岡にその失恋、じゃなかった、軽い恋の話をしてもらって、我らの知らない恋の軽みを送り火の光栄ある第一話とし、次においおい我らの重い恋の話を綴っていくということにしたら」
「名案だな」と堀井が相槌を打った。
「あるいはそうかもしれない」と露野が思案げに言う。
「なるほど」と、わたしは、いい悪いを超越したような返事をした。
「では、さっそく神岡から話してもらうことにするけど、用意はいいかい」と大山が話を進める。
「まあ、行きがかり上、仕方がないだろうな。軽い話で少々気が退けるけど、まあ、最初ということで許してもらおうか」そう言うと、神岡はおもむろに話し出した。


《送り火第一話》 (神岡談)

『ゴールデンウィークも終わった五月半ばの、とある火曜日。あれは午前十一時ごろだったと思う。急に思い立って清水寺に散歩に出かけたんだ。空はうす日がさして、立ち木の緑を通り抜ける風が肌にひんやりとして、まことにすがすがしい頃合い。清水の舞台に立ち、音羽の滝に口をすすいで、清水坂をぶらぶら下って、さて、三年坂へ曲がろうとしたきのことさ。』

 と、急に、神岡はここで話を中断すると、ビールのなみなみと入ったコップに手を伸ばし、いかにもうまそうに、一息に仰いだ。




作品名:京都七景【第五章】 作家名:折口学