小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

センチメンタルシティ

INDEX|16ページ/16ページ|

前のページ
 

――2012年 8月6日



「まあ、いろいろ頑張るわ」
 翌朝、いつも通りとはいかないまでも一応は回復した肇を駅まで見送る。昨夜はあのまま帰す訳にもいかなかったのでうちに泊めたのだ。肇が僕の家に泊まりに来たのは、これで3回目。
「ほんとごめんな、泊めてくれて助かった」
「またなんかあったらいつでも来ていいから」
 僕がそう言うと、やっぱ持つべきものは友達だよなあ、と肇がしんみりぼやいている。肇の短い溜息を聞いてから、軽く別れの挨拶を交わして僕は家へと引き返した。
 肇と薫。悪い組み合わせではない。
 薫の男性恐怖症が和らいできているのも、肇が肇なりに努力をしているからだ。たぶん肇本人はそのことに気づいていない。薫はいまだに原因を話す気はないようだ。原因について、僕は以前ほど聞き出そうという気はないが、薫が話したいと思った時には聞こうと思っている。
 ふと顔を上げると、家の目の前で誰かがきょろきょろと落ち着かない様子でいるのを見つけた。小柄な女性で、癖のある栗毛が印象的な……。
「あ、高野くんだ」
 思い当たると同時に振り返ったその顔は、昨夜僕に冷水を浴びせた矢追 優己。
「高橋だよ。どうしたの、こんなところで」
 なるたけ平然を装って彼女に返す。背中にぶわっと熱が集まったのを、嫌でも自覚してしまった。
「高江くんこそ」
「僕、そこのアパートに住んでるから……。卒業前にひとり暮らしするって言ってなかったけ」
 はて、と首を傾げてしまう彼女。
「あ、それよりさ」
 本題を思い出したのか、矢追 優己はおもむろに話しだした。
「小さい男の子、見なかった?」
 彼女は自分の腰辺りに手でこれくらいなんだけど……、と示す。
「男の子? 見てないな……」
 がっくり肩を落とした彼女の反応に焦りを覚え誤魔化そうと辺りを見回したが、それらしき人影は見当たらない。弟なんていたかな。
「弟?」
「ううん。僕の子供。れいっていうんだけど」
 耳を、自分を、疑った。脳内がつーんとして、思考が鈍る。
「え、待って待って。もしかして結婚したの?」
 割と自然に、自分でも嫌になるくらいはっきりと聞いてしまった。答えなど本当は聞きたくないのに。
「あれ、高場くん知らなかったの?」
 僕は縦に首を振って肯定する。
「高校卒業してすぐに。いいなずけがいるって、僕、言ってないかな」
 なんだよそれ。
 聞いてないよ。
「し、知らない……」
 そうだったんだ、と呑気に返されてしまった。いいなずけ? そんな話、知らない。
「とにかくさっきはぐれちゃったんだよ。れいー? どこにいるのー?」
 その姿はもう母親のそれだった。僕は戸惑いを隠せずに、そのれいという子を見つけるべく辺りを再度見回す。
「あ、れい」
 僕の見ていた方向とは反対の方からそのれいという子が走ってきた。れいくんは僕を見つけるやいなや、びしっと指さしてこの人だあれ? と矢追 優己に尋ねている。
「僕の高校時代の同級生だよ、れい」
「おともだち?」
 こくこくと彼女は頷く。れいくんは促されることなく無邪気に笑ってこんにちは、といった。
「こ、こんにちは」
 どぎまぎしながらもぺこりとお辞儀付きで返してみる。れいくんはそれを聞くと、母である矢追 優己の隣に戻った。
「あ、じゃあ僕は急いでるからこれで失礼するよ」
 半ば逃げるように苦し紛れの口実を作り、矢追親子に背を向ける。僕の背中に別れの言葉が飛んできた。
「ばいばい、おにいちゃん。またね」
「ありがとう、高倉くん。じゃあね」
 閉めたドアの音に紛れて、僕の中で何かが崩れた。

作品名:センチメンタルシティ 作家名:もの