紺碧塔物語/第二部
癇癪持ちで短気な自分に、政治的な駆け引きなどできるはずもない。だがソライロに与えられた立場は、できないという言葉を封じ込める──貴族級の特権を誇る八戦聖は、貴族と対等に振る舞うことを求められてもいるのだ。王権に所属する貴族連盟だけでなく、あまねく各国の貴族達とも対等に接することができなくては、王位そのものが軽視される原因にもなりかねない。争いの種を宿したこの大陸には、いつでも──どれだけでも、王への叛逆を狙う者達がいるのだから。
──けど、向いてないものは向いてないんですわ。
母親から半ば強引に押しつけられるような形で八戦聖入りしたのだが、そもそもあの欠陥人間がどうやってこんな業務をこなしていのたか、真剣に疑問を覚える。隙さえあれば酒を飲んで酔っ払っているような人間だが、まさか政争の場でも同じように酩酊していたのだろうか──審問が妙にあっさりと終わったのも、考えれば母の不行状が原因だったのではないかと勘繰りたくなる。年端もいかない小娘だろうと何だろうと、少しでも扱いやすい方を手元に置いておきたかったのではないかと。
邪推だが、真実味がないわけでもない。
厄介なのは、真実ではないからといって拒絶できるものでもないということだ。既にソライロは八戦聖の一人として選出されてしまっているのだし、特別な事由もなしに辞められるようなものでもない。母親は自身の戦力不足を上申したが、ソライロは今のところ着実に戦果を上げてしまっている──今が準戦時体制であることも考えると、到底上申が受理されるとは思えなかった。
「本当に……思い通りになることなんて、何一つありませんのね」
人生とはつまり、そういった理不尽の連続なのだろう。悟ったようなことを考えながら、人気の少ない廊下を歩き続ける。
排斥王都と呼ばれる通り、ヤンブルは都市としての権利をほとんど喪失している──あらゆる経済活動に対し王都の監査が介入し、都市機能を維持するための議会は街中に本拠を構えているため、城は飾り物以上の価値を持たない。他の都市に比べ、城内に務める人間が異様に少ないのはそのためだった。調度品だけは豪奢なものだったが、鑑賞する人間に恵まれているとは言い難い。
突然呼び出された理由も説明されないまま、城に軟禁されている。現状を端的に説明すればそんなところだろう。牢獄の代わりに馬鹿げた広さの部屋をあてがわれ、搾り取った税の一部を食事として摂取し続けている。自分が豚になったような心地で、ソライロは今日何度目かになる溜息をこぼした。
──理不尽ですけど。
理不尽を享受する代償として、力を得たのだ。
今更力を手放すつもりはなかったし、都合良く全てを解決してくれる神様が現れるわけもない。
アルガロード大陸──最も古い、死神統治時代の言葉で、神に見放された地と呼ばれるこの大陸に住まう限り、奇跡的な加護など期待できるはずもなかった。
──それでも。
奇跡がなかったとしても、それに近しいものがあるはずだと信じる。
四日後に控える公開試技の場で、せめてそんな期待を抱かせるものが見られればと願いながら──ソライロは、自室へと向けて歩み続けた。
ひとまずは休息だ。
疲弊した体と心を労い、明日からの馬車旅に備えなければならない。
「──それこそ、お尻が痛くならないことを祈るぐらいの権利は、残されているのでしょうし」
神はいない。
祈りは届かない。
だが、祈りを止められない。
ソライロが八戦聖の座に甘んじ続けている理由とは、つまるところそんなようなものだった。