てんしとあくま
運命の選択ってやつは、いつだって突然に強いられるもんさ。だから、悩んでる暇なんてなかった。天国だか地獄だかは分からないが、仮に俺の行動を馬鹿にする奴がどこかにいたなら、胸を張ってそう応えてやるさ。まあ、ここで死ぬと決まったわけでもないけどな。
――しかし、これが走馬灯ってやつか? いや、死ぬ前のスローモーション現象と走馬灯は違うか。正式な名称が何かあるなら誰か教えてくれ。俺だったらそうだな、遅刻しそうなときの信号待ち現象とでも名付けるか。
とにかく、お前らにも事の起こりを説明しといてやろう。なぁに、難しい話じゃない。俺は単なる大学生で、講義もバイトも終わったから帰ろうと歩道を歩いていたんだ。すると、俺の目の前の横道からサッカーボールが飛び出してきた。それより更に奥の車道には車が走っているのが見えた。
あぶねえな。だが、ボールがぺちゃんこになるだけだろ。大きな事故にはなるまい。俺はそう楽観視しながら、そのまま歩道を歩いていた。そして、次の瞬間、もう一つの影が飛び出してきた。
子供だ。幼稚園に通っているかどうかすら怪しい小さな男の子だった。ボールの持ち主なのだろうか。男の子は車道に転がっていくボールを追いかけていく。
これはやばい! 俺は咄嗟にそう判断した。ボールなら轢かれても問題ないだろうが、子供は轢かれたら死んじまう。そんなことを考えながらも、俺は走り出していた。車道に飛び出し、男の子の身体を庇うように覆ってやる。
迫り来る車。くそっ、避けられねえ。なら、せめてこの男の子だけでも守るんだ!
――とまあ、そんなところさ。そしたら、この遅刻しそうなときの信号待ち現象が起きたってわけさ。だが、スローに感じるだけだ。こうして話している間にも、ゆっくりとだが、車は俺に近づいてきている。……もうお終いか。グッバイ、現世。来世はもう少し長生きしたいもんだぜ。
…………ん? おいおいおい、なんだよあれ。ふざけんじゃねえよ、くそが。今の今まで気付かなかったが、車には今風の美少女アニメキャラのステッカーが貼り付けてありやがる。
「痛車じゃねえか!!!!!」
さっきまでかっこつけてたが、これには叫ばずにいられない。いや、別に痛車に乗ってる奴のセンスは否定しねえよ!? だが、俺の死因は痛車に轢かれたことになんのかよ! 何が「いけない妹にはにぃにに恋してる」だ!!! ご丁寧にタイトルまで貼り付けてんじゃねえよ!!!
畜生、こんな車で人生オワタ\(^o^)/なんて死んでも死にきれねえ。神でも、悪魔でもいい!! 誰か俺を救ってくれ!!! こんなんで死んでたまるかああああああああああ!!!!!
「分かりました。それではあなたを救ってあげましょう」
……え? 声が聞こえたぞ? よく見りゃ、時間は完全に止まっている。車が停止しているだけでなく、風のざわめきさえも聞こえなくなっているし、俺が抱きかかえている男の子も瞬き一つせず固まっている。
というか、いつの間にか俺の目の前には光がさしていた。そして、光は少しずつ小さくなり、中にある人影がはっきりと見えてくる……。まさか本当に神様が現れたのか?
「ノンノンノン☆ 僕は神様じゃありませーん! 神様の使いで来た天使ちゃんでーす!! よろぴくーーー!!!」
「うわ、うぜえ。しかも、神様じゃなくて天使かよ。よく見りゃ餓鬼だし、頭の上にはわっかもあるな。まあ、神様の使いだって言うなら、あながち間違ってはいないのか……?」
「神様はお忙しいですからねー。貴様のような下等生物の中でも選りすぐりの劣等生なんかに構ってる暇はありませーん!!」
「少しは歯に衣着せろ!! ……だ、だが、ありがてえ。お前には俺を救う力があるんだな? だったら、頼む! なんだってするから、助けてくれ!! もちろん、この男の子もだ!!」
「んー、いいですが、その代わり」
その代わり、なんだ? 俺がそう思いかけると同時に天使とは別の声が響く。
「ちょっと待った!!」
その声に釣られて、俺は振り返る。な、なんだ? 今度は漆黒の闇が現れていた。まさか、俺の声につられて別の何かも誘われてきたってのか!? そうだ、確かに俺はこう言った。「神でも、悪魔でもいい」って……。だとすると、こいつは……。
「あ、くまだベアー」
「呼んでない! 熊は呼んでないなー。あと、なんだよ、その語尾は!!」
闇が振り払われて、そこから現れたのは小さな黒熊だった。「悪魔」と「あ、くま」をかけた駄洒落なんて、今頃は小学生でも言わねえよ!!
「案外ナウなヤングには馬鹿受けかもしれないベアー」
「その言い方が昭和のセンスだよ! あと、君たち、ナチュラルに人の心読むの止めてくれないかな」
「そ、そうですよ! ぷくく。『悪魔』と『あ、くま』をかけた駄洒落なんて、げらげら。一体誰に受けるって言うんですか!! くっひょひょひょひょーーー!!!」
「天使、爆笑してるーーー!!? しかも、笑い方がキモい!!!」
「ほらほら、馬鹿受けしてるベアー(ベアァ」
「いや、そんなんでドヤ顔ならぬベア顔をされてもだな」
「ともかく、そんな天使なんかより、オイラと契約するベアー。そうすれば、お前の命を救ってやるベアー。その代わり、お前の寿命を10年貰うベアー」
「あ、そこは悪魔っぽいんだ?」
――オーケー、ひとまず落ち着いて考えてみよう。俺は多分このままだと、この痛車に轢かれて死ぬ。それを回避するために必要なのが寿命10年だって言うなら、安いものだ。しかし、俺には今、もう一つの選択肢がある。こっちの、小学生以下の駄洒落で大笑いし続けている馬鹿天使に救ってもらうことだ。もし、こいつが俺から何も取らないと言うのなら、熊野郎と契約する必要なんてないんだが……。
「ぜぇぜぇぜぇ。ようやく落ち着いてきました。駄目ですよ、熊さん! この人は、僕と契約して、ギュルンギュルン教に入信するんですからね!!」
「何、その宗教!!?」
「大丈夫です。僕がお仕えする神様を信仰するだけの簡単なお仕事です。やらなきゃいけないことは、1日3回、特製のマジカル☆ふんどし一丁になって、『ギュルンル踊りだ。わっしょい、わっしょい!ギュルンル踊りだ。わっしょい、わっしょい! ギュルンギュルン!!』と踊ることだけですよ」
「嫌だなあ、それ。寿命10年と悩むレベルで嫌だわ」
「健康にもいい踊りですから、寿命も10年は伸びますよ!? つまり計20年の損です!!」
「だったら、熊と契約したあと、日常的に健康にいい運動するようにしてプラマイ0にするよ!!」
――ああ、もう俺の心は決まっている。こんな訳の分からん宗教に入信するくらいなら、寿命10年の方がマシだ。
「熊! お前に決めた!! お前と契約するぞ!! ……熊? おい、一体どうした」
俺がこれだけ呼んでいるのに、熊の返事がない。ふと見ると、熊は横になっていた。その隣には立て札が。そこには、「話が長いので、冬眠するベアー」と書かれていた。
「寝るなーーー!!」