星の見える丘で
目が覚めて、始めに聞いたのは雨音だった。
随分とファンタジックな夢を見たものだと、呆れてしまう。おとぎ話に心を動かすような歳でも、何かを信じる性格でもないのに。きっと、窓を叩く水音のせいだろう。
テレビをつけると、天気予報は終日雨だと伝えていた。
梅雨の真っ只中。晴れ間が出なくたって別に不思議でもなんでもない。それ以上の感想もないし、何の感慨もない。期待も、落胆も、なにも。
一日を過ごすのに対して不都合はないし、天候に気分を左右される性分でもない。
なのに、不思議なんだ。
夕暮れの空。細く降りしきる雨粒のすじ。千切れていく雲間。それを縫って届く、今にも消えそうな淡い月明かりだとか。見ているうちに、誰かに会いたくなった。
向かうあてはなく。
呼ぶべき名前もなく。
ただ、夜空を見たくて。見上げたって、何も見えるはずがないのに。
足の向くままに進んだ先は、小高い丘だった。街灯の光は遠く、足元は雨粒に濡れていた。水を吸い込んだジーンズが重く纏わりつく、その感覚が、昨夜見た夢を呼び覚ます。
丘の上。薄暗がりの中に人影があった。青い傘を地面に放り出して、もう少しで上がりそうな雨粒を体中に受け止めて、空を見上げる女。
彼女は俺の足音に振り向くと、人懐っこく笑った。
「今晩は」
その笑顔が、なぜだかひどく懐かしくて。
「雨。降っちゃいましたね。七夕なのに」
「……淋しい、とか思うタイプ?」
言葉を返すと、彼女は少しだけ考える素振りを見せ、ゆっくりと首を振った。
「全然。織り姫と彦星が会えないからって、私は淋しく思わないです。だって、私はどこへだって行けるから」
自由にどこへだって行って、好きな人に会えるから。
「ねぇ。こんなこと言ったら、笑います?」
彼女はそう前置きすると、夜空に目を向けた。
「私ね。ここにくれば、誰かに会える気がしたんです」
ゆっくりと流れた雲間から、光る星空が覗いていた。