7月7日 銀河の恋の物語
「じゃ、やろうか!」マスターが声をかけた。
ぞろぞろとみんなステージに上がりだした。拍手がパラパラと沸きあがる。
僕は最後尾に付き、サキソフォンを受け取るとストラップを付け壇上に上がった。
彼女の顔を見ると驚いた顔をしていた。無理もない僕がサックスを吹くなんて知らないからだ。
ボーカルの女性がマイクを握ると、お客に向かって喋り出した。
「今日は何の日か知ってますか皆さん・・そう七夕です。一年に一回の出会いの日です。先程、そこでサックスを抱えてるお兄さんが私のところへ来て「彼女に告白したいんだけど」とやって来まして・・・」
客席からピィーと口笛が飛び、少しの笑いと拍手が起こった。
「なんと!今日会ったばかりで告白されるそうです!!」
また客席からピィーッと甲高い口笛が飛んできた。拍手も大きい。
彼女の方を見ると笑いながら恥ずかしい顔をしていた。
「なんと、無謀な・・・」雰囲気に気をよくしたボーカルの女性が言った。
客席から笑いが起こる。
「いいですよね~。うらやましい・・・。皆さん恋はしてますか?」
ブーイングが起こる。「してな~い」と女性の声がどこからか。それにつられて笑いが起こった。
「曲はYou Are So Beautiful 聞いてください」MCが終わるとマスターのピアノの音が鳴り出した。ゆっくりとしたスローナンバーでムードがある。ピアノフレーズが終わったところでハスキーボイスのボーカルの彼女が歌いだした。
僕の出番は彼女がワンコーラス歌ったところで、サキソフォンでもうワンコーラス入れるという約束だった。心臓が飛び出しそうだ。
You are so beautiful to me
You are so beautiful to me
Cant you see・・・・
簡単な言葉の中に愛を込めて歌い上げる彼女はノッていた。情緒たっぷりに歌い上げる。
そしてマスターの目配せ合図とともに僕はサキソフォンを演奏した。
彼女の反応なんか見る暇はなかった。額の汗はライトのせいじゃなかった。
ピアノとブラッシーなドラムの音が僕を助けてくれる。有難い。
わずか3分あまりの曲だったが僕は一気に汗が吹き出た。
静かな客席から拍手と口笛が湧き上がった。
演奏が終わった後、僕は頭を下げながらステージを降りた。廻りからはやんやの喝采だった。彼女を見るとにこやかな顔をしてた。
「すご~~い。びっくりした。やるじゃん!」
「いや~恥ずかしかった。 でも楽しかった」
僕はテーブルの彼女の残ったカクテルを一気に飲んだ。
「どうだった僕の告白?」
「あれって私は綺麗って言う意味?」
「まあ、そんなとこだ・・・・」
「ありがとう」
そう言うと彼女は僕の手を握ってきた。何人かの客がこちらを見てニヤニヤしていた。
僕の飲み物がないことに気づき、僕はまたマスターが集まるカウンターに飲み物を注文しに行った。
「どうだった?」
「ありがとうございます。喜んでくれたみたいで・・・」
「株が上がったね」
「いや~すいません、いきなり」
「いいよ、いいよ。飛び入り大歓迎」
「ありがとうございました。すいませんハーパーのダブルでとスリングを1杯貰えますか」
マスターは後ろを向くと酒棚からハーパーのビンを取り出し、グラスにたっぷり注ぎ込んでくれた。どこから来たんだいと世間話をしながらマスターはカクテルを作ってくれた。
僕は彼女が座るテーブル席に戻ると、二杯のお酒で乾杯した。
「まいったなぁ~突然の雨だよ~」バーの入り口に雨に濡れた客が入ってきて、少し騒がしくなった。
「雨だって・・・。せっかくの七夕なのに」僕が彼女に言うと、
「いいじゃない。みんなに見られるより、こっそり雲の上で織姫も彦星も逢いたいのよ」
「じゃ、僕達もどっか、こっそり雲隠れしようか」
「・・・・いいわよ。どこに?」
「・・・・・とりあえず雲の上に行こう」
笑う彼女を誘って、僕達はバーを出た。外は雨が降っていた。濡れた車や街路がネオンで光っていた。雨はそれ程強くない。
「よ~い、どん!」
僕達は手をつなぎあって雨に濡れた歩道に飛び出した。とりあえず濡れない雲の上を探すことにした。7月7日晴れのち雨。二人の大人には星が見える東京の夜だった。
(完)
作品名:7月7日 銀河の恋の物語 作家名:海野ごはん