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陽と月と大地の祈り―Confession―

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「稀代の烈女、ヴァルソールの要とも言われる御方にそう仰っていただけるとは、実に光栄ですね。ですが、そう。……今、言えることがあるならば、唯一つ。私を留めないで下さったことへの感謝のみでしょう」
わたくしは溜息を吐きました。
――安堵?
――落胆?
……分かっていました。
自分がこれまで、守ると称してしがみついてきたものが、どれだけあてにならぬものか。どれだけ人を縛るものか。
わたくしは、青年を羨ましくも思ったかもしれません。
陛下と同じ光持つ、藍色の瞳。
「そう仰るだろうと思っていました」
「――貴女の今まで敷かれた治世は、さほど悪いものではなかったでしょうね」
他人事のような口調で、わたくしの――陛下ではなく、わたくしの――功績を評価する青年に、わたくしは静かに頭を垂れました。
「……月の導師のお言葉、有り難く承ります」
そう。
目の前に立つは、最早、わたくしが借りを負ったあの日の御子ではなく、人ならぬ御方。
青年は苦笑し、頷きを返しました。
「もうすぐ全ては終わります。ヴァルソールの国は、再び人の手に戻る」
月の導師と同格である陽の導師によって乱された、この国。月の導師と地の導師が本来の王家に味方した以上、決着がつくのは確かに時間の問題と思われておりました。
「……よろしくお願いいたします」
肩をすくめる青年の頬には、皮肉げな色。
「頼まれる筋合いではないのですよ。全てはただ偶然の産物。……おそらく、この国の命運が未だ尽きてはいないという証に過ぎないのでしょうね」
「命運が尽きておれば?」
「放置します」
「個人的感情は……抜きで?」
藍色の瞳は、面白そうに笑いました。
「……国に、その様なものを抱いた覚えはありませんよ」
青年の笑みに、わたくしは続ける言葉を失いました。
ぱたぱたと軽い足音が近寄ってきて、ぴたりと近くで止まり、軽やかな声が響きました。
「……導師」
かつての青年と同じく、導師に付き従う月の術師。青年と似通った銀の髪をした少女が、躊躇いがちな声で呼びかけてきました。
青年は少女に柔らかな微笑で応じると、「すぐに戻ります。先に行っていて下さい」と頷きかけました。頷き返した少女は、そのまま踵を返して駆け去っていきます。
青年の方は、視線をわたくしに戻すと、優雅に一礼してみせました。
「長年の謎を解いていただき、有り難うございました」
「……そう」
「最早、お会いする機会はないかと思いますが、どうぞお元気で」
「……――そう。そう……なのでしょうね」
わたくしは何も言うことができず、愚かな相槌を打ちました。
青年は頭を上げ、またわたくしは、その瞳と直面いたしました。
睨むでなく、見据えるでなく。ただあるがままに全てを見ている藍色の瞳。
その色を見た瞬間、わたくしの心は折れたのかもしれません。踵を返そうとした青年を、呼び止めていました。
「其方は……其方は、本当に、父親に似ていますね」
かつては決して思わなかったこと。
今も、その言葉が完全に正しいとは思っておりません。それなのに。
不意に唇から零れ落ちた言葉に、青年は目を瞠ると、刹那、ふわりと微笑みました。
「面白いご意見ですね」
それきり振り返りはせず、藍色の瞳の青年は去っていきました。
……何故、その時、わたくしの瞳からは涙が溢れたのでしょう。
わたくしは後悔いたしません。
あの方を傷つけたことも。あの御方を愛せなかったことも。
ただ、あるがままのわたくしが生きていくために必要だった。……それだけのこと。
けれど。
涙は、止まらないのです。
……ですから。

――懺悔を……させて下さい。
……このやるせない心のままに。

――言葉通り、彼がわたくしの前に現れることは、二度とありませんでした。

全ては時の砂に埋もれし昔話です。
わたくしが地に還れば、誰も思い出しはしないでしょう。
真実を知る者は、もう一人もいません。
だからこそ。

……わたくしのこの涙を。
……胸の痛みを……。

……――懺悔を……させて下さい……。