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陽と月と大地の祈り―Confession―

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懺悔をさせて下さい。
わたくしに、わたくしとして。
この光の平原を統べるヴァルソールの王妃。長き血の流れを汲むシャディオ一門の母后ではなく、只の女としてのわたくしに。
ただ一度の、懺悔を。

藍色の光がわたくしを責めたてる。
いいえ、いっそ責めてくれれば良かった。責めてくれさえすれば。わたくしは、今も、強くあれた。……おそらく。
けれど。
……懺悔を、させて下さい。

何処から始めましょう。わたくしの犯した過ちの話です。
全ては覆い隠され、過去の物語となってしまいました。今更、誰も掘り返しはしない。
それでも。
わたくしは、藍色の光を、決して忘れられないのです。


その青年に出会ったのは、それで何度目だったのでしょう。はっきり覚えているのは以前に二度。そしてこれが、三度目の邂逅でした。
背に長く流れ落ちる麗しき銀の髪。不可思議な光を宿した藍色の瞳。
その瞳を、わたくしは思わずまじまじと眺めてしまいました。
まみえるたび、底深くに宿す感情を変えていた。深い藍の光。
思わず口を開いていました。
「わたくしを……わたくし達を。恨んでいるでしょうね」
それは、決して言ってはならなかったこと。
──統治者は、たとえ何を行おうとも自らの行動を正義と信じ、語り続けねばならぬ。その様にわたくしは教わりました。そして実践もしてきたのです。
それでも。
青年は、瞳を瞠ってわたくしを見ると、ややあって小さく笑いました。
「驚きました」
柔らかく響く声。表情もいっそ女性的に映るほど優しげに柔らかい。
「貴女がその様なことを仰られるとは」
わたくしは、零れた言葉を取り戻すように、小さく唇を噛みしめました。
そう。わたくしは言うつもりなどなかったのです。
ただ。
「……わたくしは、いつか其方こそが、この城を。この国を攻め、王位を奪うのであろう。そう思っておりました」
わたくしの言葉に、青年はうっすらとした笑みを絶やさぬまま、首を傾げました。
「まだ稚き日々、己に見える世界を取り戻さんと夢想した。……それをなかったことにしようとは申しません。ですが全て過去のこと。今、人ならぬ力もて貴女の前に立つ私には、貴女を閉じ込めていた檻よりもなお、玉座こそが枷に見えます。何故、自ら枷に捕らわれようと思いましょう?」
静かな声で、その現実の檻からわたくしを解放した者の一人である青年は答えました。
「玉座こそが、枷ですか」
人にして、人ならぬ者。
月の力を身に宿し、何ものにも縛られず心のままに生きることを許された――この世に唯一人の月の導師。
只人と“生きる”意味を違えた者。
わたくしは、いつの間にか小さく笑っていました。
そう。……わたくしは、また、時期を逸してしまったのでしょう。
今の青年にとって、地べたに張り付いて生きる人間の醜悪なる権力争いなど、何の意味もないものを。高き天にて輝き続ける月が、決して夜の闇など見はしないように。
けれど、月が闇の罪を抉り出すように、青年の言葉はわたくしの胸に突き刺さりました。
――枷。
ええ、分かっています。分かっているのです。今の、わたくしには。
けれど、幼かったあの日。あの日の選択は……。
わたくしは、弱く笑いました。


わたくしは、とある大貴族の長女として生まれました。家名は……いいでしょう。今更、意味のないことです。
わたくしが生まれた時、一族には後継たる男子が一人もおりませんでした。
本家であるわたくしの家ばかりではありません。格の落ちる分家から養子を迎えることも出来ない。かくて父は、わたくしを家を継ぐ者と見なし、教育を始めたのです。
――9年。わたくしは誰よりも優秀な継嗣として、教育を受け続けました。
……9年間の幸福。そして、父が3人目に迎えた義母から、弟が生まれたのです。
全ては変化しました。
わたくしは、家を任されるべき者ではなく、単なる政略の駒へと転落いたしました。そして駒には愚かであることが望まれる。
1年もの父との諍いの中で、わたくしは、まざまざとそれを悟ったのでした。
諦めたわけではありません。
偽ることを覚えてしまっただけです。たとえ血を分けた家族であろうと、心は重ねることができぬ。己を高められるのは己だけだと、見切りをつけてしまっただけ。それだけのことでした。
故にわたくしは表向き従順な娘として日を送り、5年後。時の国王陛下がお若くして亡くなられたのに時を合わせ、新王陛下のもとへ、正式の妃として召されました。
15の春のことでした。
誰もがわたくしを羨みました。
陛下は、女子の好む絵物語めいた御容姿の御方。柔らかく波打つ黄金の髪。深い藍色の瞳。顔立ちは、シャディオに多く生まれると伝え聞くそのままに、時に人ならぬと思えるほど秀麗に整っておいででした。
あの御方のお姿にただ夢と酔えたなら、どれ程、平穏だったことでしょう。
ですが、わたくしは、わたくしでした。ただの女子、子を生むだけの愚かな生き物と思われることが屈辱と思えてならない、そんな愚か者でした。
そんなわたくしの目に映る陛下は、決して理想の夫ではございませんでした。
陛下は、わたくしに、御自身でお育てになっていらっしゃる花園を見せて下さいました。丹精なさった花々を贈って下さいました。花のことを語っていらっしゃる時だけ、あの御方の瞳は柔らかでした。
そう。いつかわたくしが、「陛下は庭師とお生まれになられればよろしかったですわね」と、申し上げてしまう程に。
あの時の周囲の者達の顔色の変わり様は、大層な見物でございました。
ええ、勿論。わたくしは、はっきり皮肉として申し上げたのです。
愚かで幼かったわたくしは、そうするより他、気持ちの持って行きようがなかったのです。
陛下は、花と戯れる時だけは“生きて”いらっしゃいました。
──幼子のように!
なのに何故、御政務の時にはああも生気を失い、重臣等の意のままに動く、まるで綺麗なだけのお飾り人形の如く振る舞っていらっしゃるのか?
ヴァルソールを統べる者として生まれ、その権利を、義務を与えられている筈なのに。
何故!?
……わたくしは、悔しかったのです。
わたくしが陛下と同じ立場なら。わたくしなら、と。
ですから、陛下を挑発してみたのです。
けれど。
陛下は淡くお笑いになりました。そして、
「よくお分かりですね。私も常々、そう思っているのですよ」
そのお言葉で、わたくしの立場は救われました。
別段、望みはしなかったことでしたが。
今になって分かることもございます。
あの時、あの御方こそが皮肉を仰っていたと。愚かであったのは、いったい何方か、と。

……今さら、詮無きことを申しました。
話を続けましょう。
わたくしが陛下を悪し様に言うことの理由を、一人の女性に求める者もおりましょう。嫉妬は女人の常だから、と。
陰にその様な言葉を聞くたびに、わたくしは抑えながらも失笑せずにはいられませんでした。
嫉妬?
……陛下の寵愛得たる者に対する?
いっそそれだけのことなら、どれ程簡単に物事が運んだことでしょう。
もっとも、人は己の尺度でしか他者を計れぬもの。昔のわたくしも同じでありました。故に、そのことに関して誰彼を嘲ることはいたしませぬ。