小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

愛だの恋だの言う前に

INDEX|5ページ/5ページ|

前のページ
 

一 一別以来


何もないリビングには、続々と家具が運び込まれていた。
引越し作業を進める作業着の男たちの邪魔にならぬよう、俺はたち壁際に寄る。
「……どういうことですか?」
見知らぬ男に無理やり起こされた俺はそのまま手を引っ張られ階下に降り、様変わりしていく家の様子を目の当たりにしていた。
何より癪に障るのは、今まで置いてあった家具よりも今運び込まれているもののほうがよっぽど値段が高そうなことだ。
「何が?」
しれっと応える男に困惑する。
何って、何もかもがだ!!
と言いたいのを堪え、順序だてて質問する。
「俺は両親から何も聞かされていないんですが、この家は借金の形に取られたんですか?」
「まさか!」
未だ俺の手を掴んだままだった男から、すっと手を振りほどく。
「両親がどこに行ったか、どうして俺を置いて出て行ったのか、あなたは知ってるんですか?」
「……これから一緒に住むってのに他人行儀だな。敬語はよしてくれよ」
あからさまな話の反らし方に一気に頭に血が昇った。
「ふざけるな! こっちは何も聞かされてないは、突然見ず知らずのお前が家に押しかけてくるはで混乱してんだよ! まずは自己紹介くらいしたらどうだ!」
近年稀に見るキレっぷりだったと自分でも思う。頭に血が集まり、クラクラする。
「そんなに怒るなよ、順を追って説明する。ここでは落ち着いて話せないし、作業の邪魔にもなるだろう。一真の部屋を借りていいか?」
俺より年下にしか見えない男は余裕綽々の態度でもう一度、俺の手を掴んだ。いつの間にか握りこんで深く爪が食い込んでいた俺の手をそっと開かせる。正直、男にこんなことをされると鳥肌が立つばかりなのだが、相手のあまりに真剣な態度に硬直して動けない。
「そんなに警戒するなよ。今は無理かもしれないけど、信じて」

2人で部屋に戻り、ベッドに座る。
一体この状況は何なのか。
説明を求めようにも、何から聞いたらいいのかもよくわからない。
まずは名前を聞き、両親の行き先を聞き、男の目的を聞き――。
グルグルと頭の中で考えていると、横に座っている男の手が伸びてきた。そっと頭を撫でられる。
ビクリと反応してしまう。気持ち悪いからやめてくれ。
「そんなに過剰になるなって。まだ何もしない」
まだってなんだ。
「のど渇かないか? コーヒーでも淹れてこよう」
スッと男が立ち上がる。
「いや、俺が……」
言いかけ、すでにこの家は俺のホームではないことを思い出す。きっと今、キッチンへ行ってもヤカンやポットの位置すらわからないだろう。
「気にするな。今日からは俺もこの家の住人だ」
いや、そんなことを気にしているんじゃないんだが……。
言い返す間もなく男が部屋を出て行き、階段を降りる足音が聞こえた。
はぁぁぁぁ。
盛大なため息が漏れる。
一体、俺が何をした?
なんでこんなことになっているんだ?
携帯を取り出し、電話を掛ける。もちろん両親にだ。
相変わらず繋がることはない。
今度は瑞葉にメールをしようとして、固まった。
一体、何と送ればいいんだ?
自分でも把握していない事情を人に説明するのは不可能だ。せめて相手の名前だけでもわかってからにしよう。
とにかく、まずは状況把握が第一だ。
今のところ、あの男が俺に危害を加える可能性は少ない。ところどころに不審な動きはあるにしても。
相手の話を聞いてから相手の言い分を受け入れるか、もしくは瑞葉の家に逃げるかの判断をしても遅くはないだろう。
いざとなれば、細身の奴をぶん殴って脱出するくらいは出来るんじゃないかと物騒な考えも頭を過ぎる。
俺だって殴り合いのケンカなど中学以来やっていない。卑怯なのは承知で、ふい打ちだったらなんとか……。
コンコンとドアがノックされ、がチャリと開いた。
盆の上に湯気の立つマグカップを2つ乗せ、男が戻ってきた。盆もカップも、もちろん俺の見たことのないものだ。
「砂糖とミルク持ってこなかったんだけど、ブラックで平気か?」
「あぁ」
そんな細かいところにまで気を使われ、さっきまで殴って逃げ出そうなどと考えていた身としてはちょっと後ろめたい。
あとで足りないものを色々と買出しに行かなきゃなと男は楽しそうに言う。
男が隣に移動してきて、俺にカップを手渡す。受け取り、一口飲んだ。明らかに普通のインスタントの味ではない。わざわざドリップでも淹れてきたのか?
「うまいな」
思わず素直な感想が漏れた。こんなところでほだされている場合ではないのに。
「だろ?」
たった一言の簡単な感想ですら、男は嬉しそうだ。
「ここのキッチンは使いやすいな。俺も少しは料理しようかな。一真は何が好きだ?」
まるで既知の友人のように話を進めようとする男。ちょっと待て。おかしいだろう。
「その前に、まず名を名乗れ」
男を制し、促す。
「俺は一臣。なんだ、まだ思い出さないか?」
いかにもがっかりしたような顔をする。
思い出さない? 何を?
「何って、ひどいなぁ」
コーヒーカップを盆に戻し、男がこれ見よがしのオーバーアクションで肩を落とす。
「兄の顔を忘れるとは、薄情な弟だ……」
「薄情? 俺が?」
いや、違う。突っかかるところが違うな。
「弟……。弟? 俺が? 弟?」
初耳だ。
「弟って。俺、兄貴なんかいたのか? え? だって……。え? どこに?」
自分が記憶喪失だった時期でもあったのかと、慌てて走馬灯を見るように過去21年間の記憶を辿ってしまった。しかし、どこにも穴は見当たらない。当然だ。
「まぁ、確かに一緒に暮らしたことはない。あったとしても、夏休みの間に1〜2週間だけだからなぁ」
いとこかなんかだと思われてたのかなと自称、兄という一臣は笑った。それが本当なら笑い事じゃないだろう。
「ちょっと待て。それじゃあ、お前は今までどこで暮らしてたんだ?」
「爺さん婆さんと暮らしてたんだが、爺さんが3年前に死んで、婆さんもこの春に死んじまったからな。こっちに戻ってきたんだ」
確かについこの前、祖母の葬式には出た。だが、その会場でこの男を見た覚えはない。そもそも、まだ信じられない。
「冗談だろ? だって、なんで……?」
驚愕で言葉が続かない。何より、そんなことを微塵も俺に説明してこなかった両親の気が知れない。
「まだ信じられないか? 明日、市役所で戸籍謄本でもとってきてやろうか」
にこっと笑うと、一臣はガバッと俺に抱きつく。まるで子供をあやすように背中に腕を回し、ぽんぽんと叩く。
「説明が遅くなって悪かったな。驚いただろ? そんなわけだから、これからよろしくな、一真」
一臣に抱きつかれた俺は、突然のことにそのままフリーズしたように動けなくなった。いくら兄とは言え、男に抱きつかれるのはいい気はしない。頼むから離せ。
「まだあんたを兄貴と認めるつもりはないが……」
とりあえず何が何でも両親に連絡を取らなければいけない。
それから、すぐにでも瑞葉にメールしてみるか。返信の内容はだいたい予想できるが……。

そんなわけで俺は人生21年目にしてなぜか突然、兄弟水入らずの生活を向かえることとなった。

作品名:愛だの恋だの言う前に 作家名:久慈午治