『喧嘩百景』第8話銀狐VS田中西
西讃第二中学出身の不知火羅牙(しらぬいらいが)と碧嶋美希(あおしまみき)は、神田恵子(かんだけいこ)に傷の手当をしてもらっている二人ににこにこ顔を向けた。
「知りませんよ。一中(いっちゅう)じゃあ俺たちの相手は高校生ばっかだったんだから」
恨めしそうな視線を順繰りに先輩たちに送る。
「それにしても西さんは相変わらず容赦ないねえ」
二人の視線をわざと避けて、同じく二中出身の石田沙織(いしださおり)が治療中の二人の傷に視線を落とす。
「全くですよ。こんな凶暴な女、見たことありませんよ」
浩己は制服のワイシャツの前を開けて脇腹の傷を恵子に見せていた。喰い込んだ弾を昨夜のうちに自分たちで取り出したので傷を広げていたが、素人を相手にして彼らがこんなに傷を負わされることなど滅多にないことだった。
「あたしは容赦ないよ、例えば相手が会長でもね」
西は手に持ったティーカップの方に口を近づけて紅茶を啜った。
「だめだめ、西さん。一賀ちゃんには傷付けないでよね」
慌てて恵子が手を振る。
「先輩たちは会長を甘やかしすぎですよ」
西は笑った。
彼女は、二中では知らぬ者のいない銃器マニアだった。しかも、収集が趣味だとか蘊蓄を語るだとかいうタイプではなく、「実用向け」の改造銃を扱っているというので密かに有名だった。
「お前、日栄(ひさかえ)さんに何かしたら承知しないからな」
浩己も睨み付けて釘をさす。
西の隣で沙綾がくすくすと可愛らしく笑った。
「日栄先輩、愛されてますわね」
胸の前で両手を組んでほうっと溜息を吐く沙綾に、
「溺愛しちゃってるからね」
美希が応じる。
「先輩、そういう誤解されるような言い方はやめてもらえます?」
抗議する裕紀に、
「だってそうでしょ」と美希。
裕紀と浩己はぎこちなくならないように首を回し、西の様子を窺った。
彼女は、カップを片手に頬杖を付いて彼らの方を眺めていた。目が合うとにこっと笑う。少年っぽい面差し。
裏表のない真っ直ぐな感情。
邪気は感じられない。
しかし。
彼女は、彼女の本意を計りかねている二人に対し、
「銀狐。あたしには会長に借りがあるんでね。そのうちやるよ」
と、大胆不敵に笑顔で宣言したのだった。
作品名:『喧嘩百景』第8話銀狐VS田中西 作家名:井沢さと