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彼がここにいる理由

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彼がここにいる理由

 家の裏手には雑木林がある。どこの管理であるかは定かではないが、人の手はあまり入っていないように見受けられる。
 無論人の手が入っていない森林は日本では数えるほどしかなく、この林は完全な原生林とは言えない。
 しかし昭和の頃から大規模な伐採や開発の行われていない為、この林の木々は自然の力を存分に発揮し、樹海の様相を呈してきている。
 樹海と言っても迷うほどではない。確かに一度道を逸れれば方向感覚を失いかけるが、十分も歩きまわれば遊歩道に出ることができる程度には開発は進んでいるわけだ。というか、この林、端から端まで携帯の電波が三つ立ちっぱなしなので迷ったとしてもすぐに助けを呼ぶことができるのだ。
 私はたまにこの雑木林に潜り込んでは、数時間ほど散策することを趣味の一つにしている。この趣味は誰にも言わないし、言う必要のない私だけの趣味だ。この散歩の間だけ、私は一人の時間を満喫することができるのだ。
 ところでこの雑木林には曰くがある。その昔村落があったとか、落ち武者を弔った無縁仏があるとかで、幽霊話には事欠かない。怪談ブームの頃にはよくテレビ局のスタッフが下見に来ていたものだ。
 さて、今日も私はその雑木林に足を踏み入れる。朝露が草木を濡らし、清浄な空気がこの林を包んでいた。
 今日一日、私はフリーだ。暇だ。何もすることがない。なので、いつもより長くこの林にいることができる。いつもはあまり行くことのない奥深くまで行くことができる。むしろその為にこの一日を開けたと言っても過言ではないのだ。
 コンロ良し、非常食良し、もしもの時のチョコレートも良し。
 私は歩き慣れた雑木林へと潜り込んでゆく。

「――迷った」
 間抜けすぎてついつい独り言を口にしてしまった。
 あれほど迷うわけのない林だと言っていたのに、この体たらくだ。私は頭を抱える。恥ずかしい。一時間前の私を指差して笑いたい!
 ……いや、まあ、ぶらぶらと歩いてゆけばそのうちどっかの道に出るだろう。そんなに広い林でもない。ちょっと見慣れない場所へと出てしまっただけだ。
 そう、見慣れないのだ。結構な回数この林に潜り込んだが、この辺りに出たのは初めてだ。
 元々道だったのだろう。少し開けた空間がまっすぐ続いている。私はその道をぼぅっと歩いてゆく。しばらく進むと、道の両脇に石が十個ほど並ぶ道に差し掛かる。
 ――お地蔵さまだ。首がないお地蔵さまから、顔がなくなってしまったお地蔵様まで、無事なモノ無事でないモノ、色々なお地蔵さまが両脇に十体ずつ、計二十体ほど並んでいる。私はそのお地蔵さまが囲んでいる道をゆっくりと歩いてゆく。
 果たして、開けた場所に出た。そこには、崩れかかった家屋が十数世帯ほど放置されていた。
「ほんとにあったんだ……」
 廃村だ。大分前に人がいなくなったのだろう。廃墟特有の息苦しさを感じた。その廃村の中を歩いてゆく。
 人がいなくなってどれほど経ったのだろうか。少なくとも、平成に入ってからの建物で
はないのは分かる。
 私は一つ一つ、家屋を訪問して回る。空っぽの家から、家具が残された家まで、その様子は千差万別だ。この集落の家屋一つ一つにその家の生活があった、ということを感じさせた。
 そうしているうちに、村の奥までたどり着いた。
 社だ。小さいながらも、それは神様を祀る社だった。
 その社も村の家屋と同じように崩れかけであった。私はその社へと近付く。
「あんた、誰?」
 ――怖気が走った。
 どこから声が聞こえたのだろうか。私は周囲を見渡す。しかし、探せど探せど声の主は見つからない。
「ここだよ、ここ」
 声の主は、意外に近くにいた。社の影、こちらから見えない位置にその男はいた。
「え、あ、人間?」
「化け物か何かに見えるかい?」
 お化けでは、ないみたいだ。
「し、失礼しました」
 背が高く、細身の割にがっしりとした姿の男の人だった。不思議な姿をしているわけではないし、足もある。
「こんなところまでよく来たな」
 そう、男は自分のことを棚に上げて言った。
「この辺の人ですか?」
「そーだよ。この村の縁のモノだよ」
 縁って……また古風な言葉を使うものだ。
「ここは大分前に廃村になったんだよ。最近では子供も寄り付かなくなった」
 まあ、こんな道なき道を分け入って来るような廃村に好き好んでくる子供なんて今日日いないだろう。
 彼はゆっくりと社から離れ、境内の端まで歩いてゆく。
 なるほど、気付かなかったが、この社は廃村全体より多少小高い所に作られており、この境内から村を一望することができるのだ。彼はそこから廃村を眺めている。
 ――これは私の感想だが、その姿はまるで寂しさに耐える老人のようにも見えた。
「この村から人がいなくなってから、どれぐらい経つのですか?」
「さあ、分からないよ」
 彼はそう投げやりに言った。まあ、知るわけがないか。
「ここって社ですよね。ということは、神様もいるんですか?」
「そうだろうね」
「神様って、どこか別のところに行ったりするんですかね?」
 ふと、私はそう彼に問い掛けた。もしまだここに神様が残っているとしたら――そう思うと、問い掛けずにはいられなかった。
「この社に祀られているのは大山祗神、要は山の神さ。山の神ってことは、まず動けないだろうね。土地神の類だし、そもそも山は動かないものだって相場が決まっている。だとしたら、山の擬人化である大山祗神だってそうさ」
 そうなのか。だとしたら、それはとても寂しいことなのではないだろうか?
「まあ、ここの神様にはそれ以外の理由があるんだろうけどさ」
 そう、男は言った。
「どういうことですか?」
「思い出、だよ」
 そう言って、男は再び社へと足を向ける。
 よく見ると、社はあちらこちらに修復された個所があった。それだけではない。お供え物が多かったのだろう、お供え物の跡らしきシミが残っていた。
「この社の神はこの村の人間に長年良くしてもらったようだね。その思い出故か、地縛霊のようにこの土地への思いが強くて、離れられずにいる」
 おかしな話かも知れないけどね。そう彼は付け加えた。
 しかし、私はそうは思わなかった。きっとこの村にはその神様の思い出が多く残っている。それが名残惜しくて、彼はこの村を離れることをしないのだ。たとえ誰も訪れるモノがいなくなっても、この社が崩れるまで、ここの神様は誰もいないこの村を見守り続けることだろう。
 それはとても寂しい姿だった。一人、じっとこの境内から姿を消してゆく村を眺め続ける。その姿を妄想するに、それだけで胸が張り裂けそうになる。
 その郷愁感を払い除けるように、私はその社を見上げる。ボロボロに崩れ、今にも倒れそうな社。しかしそれは、不思議な力で今も力強くそこに在り続けている。
 私は、ふと思い付き、リュックサックの中からそれを取り出す。そして、その神前にそれを供えた。
 遭難した時の為に、と用意していたチョコレート。別に危ない林でもないし、ここに供えてしまってもいいだろう。
 そして、手を合わせる。作法なんてよく知らないが、まあいいだろう。
作品名:彼がここにいる理由 作家名:最中の中