影法師の少年
今頃、きみはどうしていることだろうか。
幼い頃、聖夜の夜にはいつだって隣にきみがいた。
寂しい者同士、肩と肩を寄せ合って、降り積もる雪を眺めるのが、ぼくは何より好きだった。
でもね、もう隣にきみはいないんだ。
分かってるよ。悪いのはみんなぼくなんだ。
伝える機会なんて、いくらでもあったのに。
ただ、きみの隣にいられればなんて、そんな甘えが悪かったのかもしれない。
友達でいたかった。そこから先を踏み出す勇気なんてなかった。
きみは今頃、どこでなにをしているのだろう。もう、めっきり電話も来なくなって。
でもきっと、この雪空の下、どこかで幸せにやっているのだろうね。きみが幸せなら、ぼくはそれで良いよ。
きみはもう、ぼくのことなんか覚えていないかもしれないけど。ぼくはいつだって、きみの笑顔を思い出せるよ。
小学校の頃、初めて友達になった頃の、初々しいきみも。
中学生になって、だんだんと大人になっていったきみも。
高校生になって、恋人が出来たとうれしそうに報告してくれたきみも。
きみの笑顔を見られて嬉しかったよ。でも、その時目から零れてきた雫の、塩辛い味を、ぼくはいまでも忘れない。
小学校の頃、人見知りだったぼくらは、やがて仲良くなって、いつも一緒にいるようになった。
『巣立つ』ということに憧れて、クリスマスの夜はこっそり家を抜け出して、ショッピングビルの屋上でいつも雪空を見ていたよね。
両親にバレやしないかな、ほかの子供に見られて変な噂を立てられたりしないかな。不安だったけど、それ以上に楽しくて。いつまでもこの夜が終わらなければ良いと思っていた。
「こんなところ、クラスの子に見られたら大変だね」そんな風に、楽しげに笑いながら言うきみの横顔がたまらなく愛おしかった。
でも、じつはまんざらでもなかったんだ。きみのことが好きだったから。
中学生になって、きみはだんだんと大人になっていった。
『大人』になるってことが、いまいちよく分からなかったけど、ぼくらの距離は次第に遠のいていって。
寂しいぼくとは違って、きみはいつの間にか友達を作っていた。大勢の友達に囲まれて、笑うきみを見ていたら、こっちまで嬉しくなってきて。
学校の中で、時折すれ違う程度だったけど、それでも良かった。離れていても、ぼくときみとはいつだって通じ合えていたから。
『ひみつのともだち』。メールや電話だけでの会話でも、確実にぼくときみは繋がっていた。
高校生になって、何もかもが変わった。
きみはやっぱり大勢の友達がいて、ぼくはやっぱり寂しくて。
同じ高校に入ったのは、偶然。無理にでも起こした偶然。
いつまでも、きみと一緒だと信じてた。でも、確実に変化は始まっていて。
あるとき、久しぶりに一緒に帰った。その時、きみは唐突に切り出してきたんだ。
「好きな人……いる?」
はにかみながら聞く、恥ずかしげなきみの笑顔をぼくは今でも覚えてる。
きみのことが好き……そう答えてたら、何かが変わっていたのかな。
あの時のぼくは、とても臆病だった。結局なにも良いことは言えず、曖昧な答えを返すしかなくて。
「わたしは出来たよ……好きなひと」
世界が真っ暗になった。いつかは分かっていたよ、この日が来るって。
でも、それを認めるのが怖かった。
「どうやって、告白すれば良いのかな」
ありのまま……思いを伝えれば良いんじゃないかな?
その言葉は、自分に言っていたのか、それとも彼女へのアドバイスだったのか。
「ありがとう」
相変わらず、眩しい笑顔を見せながら、彼女はぼくの目の前を歩いて行った。ずっとずっと遠くへ。ぼくの手には届かないほどに。
小学生の頃、きみと訪れたビルの屋上で、綺麗な雪空を見ていた。
幼い頃は、隣にきみがいたけれど。今は、もうだれもいなくて。
手元に置いた携帯電話が、さびしく振動した。
画面に表示されているのは、きみの名まえ。
電話に出ると、きみはうれしそうに言って来た。
「ありがとう!付き合えることになったよ!きみのおかげ!」
電話を切った後、涙が出た。
うれしくて、かなしくて。
幸せそうな2人の間に割って入る余地なんてなかった。
いつだって、校内で幸せそうな、その後ろ姿を見送るだけ。なんだ、ぼくにピッタリじゃないか。
眠りに落ちる前の、走馬灯のように、鮮明に蘇るきみとの日々。
それらの日々は、どれも鮮やかにぼくの心を抉っていく。
高校を卒業して、きみという太陽から離れて、少しは成長出来たと思っていた、日々の中に突如現れた手紙。
その時の衝撃は、言葉では言い表せないよ。祝福しなければならないのだろうけど……だけど……あふれてくる涙は抑えられなかった。
きみたちの結婚式。会場には多くの人たちが来ていたね。
みんなが口々に祝福の言葉を投げかけていた。それに答えるきみたちの顔は、どこのだれよりも幸せそうで。
ぼくも何か言ってあげなきゃと思って、必死に言葉を紡いだんだ。
そしたら、きみはこっちを向いて微笑んだんだ。ぼくに優しく笑いかけてくれた。それはずっと変わらぬ不変のもので。
ぼくは心から祝福してあげたくなった。おめでとう、2人とも。
いつまでも末長くお幸せに。
こうして、見下ろしている幸せそうな家族たちの中にきみの姿もあるのかな。
いつの間にか、すっかり遠くなっちゃったけど、クリスマスの夜は、毎年家族連れの中にきみの姿を探してしまう。
ねえ、今頃どこでどうしているのだろう。愛しいきみ。
もうきっと、会うことなんてないだろうけど。それでも。
「メリー、クリスマス」
気が付いたら、誰にともなくつぶやいていた。
まだ幼かったあの頃、隣には同じ言葉を返してくれるきみがいた。
だけど、今はそれが空しく吸い込まれるだけ。
冷えてきた、そろそろ帰ろうか。そう思った時、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「メリー、クリスマス」
ぼくとまったく同じ言葉を言う女性の声。
ああ……まさか、この声は。
「久しぶりだね」
振り向いた先には、きみがいた。
あの頃と変わらない、愛らしい笑みを浮かべて。
END