ハティ・フローズヴィトニルソン
あいつはまだ独身で、あの時と変わってやしなかった。
「前略、佐藤久美さまへ
あなたがロケットを打ち上げてから62年が経ちました。
僕がいままで、何をしていたと思いますか?
あなたと同じことです。 つまり、人類を滅ぼすのに全力を注いでいたのです。
ご存知かもしれませんが、僕は財閥を作りました。そしてそこで生化学兵器の開発に没頭したのです。
確実に人類を滅ぼせる爆弾をロケットに乗せて、僕はやっと今日、打ち上げることができます。
今日はあなたの誕生日ですね。おめでとう。あなたも僕も傘寿です。
この爆弾が炸裂したら、ウィルスは偏西風にのって3日間のうちに人類は滅亡するでしょう。
この爆弾が炸裂したら、僕と3日間だけ、夫婦になってください。
これが僕の、2回目で、最後のプロポーズです。
杉山隆一」
あのとき・・・つまりは「1回目」の眩暈と吐き気が蘇る。
あいつは本気だ。世界のスギヤマだぞ?あの薬品工業の、だ。
世界のスギヤマが本気で生化学兵器を作ったら、人類なんて一捻りだ。
63年・・・63年だ。私が13歳の頃から、5年かけてたった一人でやったことを、
63年間かけて、財閥まで作って。・・・これだから男の考えることは!
これは面白いことになった。私の望んだとおりの結末じゃあないか。
でもどこかで私はそんなバカなことできっこないと思っていたんだ。だから失敗したのか?
それをあいつならきっとできる。 しかし、しかしだ。私は変わった。変わってしまったんだ。
大切なものができた。 子供だ。 家族だ。 死んでしまったが、夫だ。 思い出だ。
人類なんて滅んでもいい。私の大切なものを壊さないで!!
私に、ロケットの発射を止める術はあるだろうか?
説得なんて通じる相手じゃない。そもそもどこにいるのかわからないので話のしようがない。
こっちは彼と違って一般人だからマスコミなんて使えっこないし、
なにより時間が無さ過ぎる!
と、言ってる間にロケットは発射された。
ウチから一番近いスギヤマの販売店が発射場であったので、その様子は良く見えた。
あそこに本人もいるのだろうな。よく考えたらわかったのだろうか。殺しにいけばよかった。無理か。
世界の最後を彩るロケットの噴射する炎は、それはそれは綺麗に見えました。
いやあ、残念ながらそれが、世界の最後じゃあないんですよ。まあ、ロケットの火は綺麗だったんですけどね。
あいつは冗談が好きなようで噴煙が5色になってたりしてた。あほだなあ。
そのとき、流星が一筋、そのロケットに向かっていったのです。そして見事に命中しました・・・
ロケットは爆発しました。ウィルスは偏西風に乗らず、この近所だけにバラ撒かれた。
私もあいつも死ぬでしょう。何人もの人を巻き込んで。世界はきっと、滅びないけれど。
まあ、そんなもんだ。
でも、たしかにその流星に、私は見たのです。
私が遥か昔に作ったロケット、その弾頭に書いた「ハティ・フローズヴィトニルソン」の文字を。
作品名:ハティ・フローズヴィトニルソン 作家名:大崎てるの