命を救うということ
○×市民病院。とある医者がその病院に勤めていた。その医者は自分の仕事に誇りを持っていたし、人の命を救うことが自分の天職であると信じていた。そして、自分が担当した患者が元気な姿で退院するのを見るのが何よりも嬉しいことであると感じていた。
そんな医者が勤める病院に、ある日、一人の男が緊急搬送されてきた。男の症状は急性心筋梗塞。「客として来ていた男はビールを飲んでいたところ、突如苦しみだし倒れた」と病院に通報してきた居酒屋の店員は証言したという。
しかし、医者はすぐに手術をすれば、一命を取り留めることはできるだろうと思い、集中治療室の準備をしていた。そして、手術は数時間にも及んだが、無事に成功した。その後、約2ヶ月間の入院期間を経て、男は退院した。男の背中を見送る医者の顔は、とても満足そうであった。
だが、その後すぐ、日本全体を震撼させる事件が起きた。――地下鉄爆破テロ事件。一人の男が旅行カバンに時限爆弾を隠して乗車し、乗客を巻き込んで自爆した。警察は爆弾の入手経路等について調査しているとのことだが、ともかく死傷者は数十名にも及んだ。そして、その犯人こそが、医者が手術した男だったのだ。
……再発の可能性は限りなく0に近かったのだが、思い悩んだ末に犯行を行なったのだろうか。いや、それよりも自分があの男を救わなければ、こんなにも悲惨な事件は起こらなかったのではないか。命を救うことに誇りを持っていた医者は、誰よりも深くこの事件に嘆き悲しみ、思い悩んだ。
しかし、それでも私は医者なのだ。悩んでばかりもいられない。そう思い、医者はなんとか気力を取り戻した。そして、今度は以前から入院していた患者の手術を行なうこととなった。
当然、医者はこの患者のことをよく知っている。何がどう転んでも、あのようなテロ事件など起こすまい。そもそも、あの事件だって、きっと不幸な偶然が幾重にも重なっただけなのだ。あのようなことは二度と起こるものか……。
手術に挑んだ医者は決死の覚悟だった。手術の難度自体はたいしたことがない。普段の医者なら、ほぼ100%成功させるだろう。しかし、命を救うとは何かと自問しながら手術を行なう医者の形相は今まで誰にも見せたことがないほど険しいものであった。
手術は無事成功。多少のリハビリは必要かもしれないが、病気は完治したと言っていい状態となり、患者は医者に感謝の言葉を述べた。「先生のような人に診てもらえて、良かった」と何度も何度も繰り返したのだ。
その言葉を聞いた医者は、やはり自分の行ないは間違いではないと強く思った。その患者が退院をする頃には、一切の険しさはなく、再び笑顔で医者の仕事ができるようになっていた。やはり、彼にとっては医者が天職だったのだろう。
――――余談だが。とある日本の空港から飛行機が飛び立った。離陸から数時間は穏やかに飛行しており、何一つ問題などなかったはずである。しかし、突如、飛行機は傾き始め、乗客が混乱する中、そのまま墜落した。パイロットや客室乗務員も含め、数百名の搭乗者は全員死亡。警察の調査の結果、飛行機自体にはなんの故障もなかったため、パイロットの操縦ミスによる事故であるものとされた。そして、そのパイロットとは……。
また、これも余談だが、その後、○×市民病院では睡眠薬を大量に摂取した一人の自殺者が出たという。