夏の掌編
その部屋は、今の騒ぎが聞こえなかったかのように静かで不気味だった。部屋の中央に机とイスがあったので、ぼくは教科書とノートを机の上に置き、イスに座って、部屋の中で魔法使いを探した。
冷房のきいているはずの部屋なのに、何だか暑い空気が押し寄せてくる。ぼくは思わず
「ファイヤーストームの魔法だ。早く防がないと焼き殺される」
と心の中でつぶやいて、ノートを広げてその魔法を防ごうとした。しかしその効き目はなかった。ぼくはノートに
「アイスクリーム」
と書いて広げた。少しだけ効き目があったが、すぐに熱波が押し寄せた。そうっとノートの横から顔を出して熱波を出している方向を見た。
ぼくの座った斜め向かいに丸々と太ったおにいさんが、魔法の布で顔を拭きながらふうふう息を吹いている。
ぼくはあわてて、ノートに「かき氷」と書いて防いだ。少し楽になった。ぼくはあまり魔法が使えない。「あーっ、もっと魔法の言葉がわかっていればなあ」とつぶやきながらぼくはノートを持って、席を移った。
部屋の一番奥に席を移して一息ついたぼくは、「ふとっちょ魔法使い」を見た。いつの間にか、「ふとっちょ魔法使い」は机に顔をつけて眠っている。顔の下にあるのは「魔法の本」だろう。「これはね、すぐ眠れる魔法の本なんだよ。漢字のいっぱい入った小さな文字がびっしりと書いてあって、2、3ページ読んだらすぐに寝てしまうのよ」とお母さんが笑いながら言っていたことを思い出した。
お母さんのことを思い浮かべていたら、お母さんが、部屋の入口の所でぼくを捜している。ぼくはお母さんに手をあげて合図をした。お母さんはニッコリ笑って手をあげた。ぼくはその手に吸い込まれるようにそばに行った。
お母さんと並んで歩きながら、ぼくは「今日からぼくは勉強をいっぱいして魔法使いになる」と心に誓った。
おしまい