夏の掌編
死ぬかと思った
夏だ。また僕の季節がやってきた。いや別に僕の季節と誰かが決めてくれたわけはないが、やはりサマになる季節だからだろう。サマになると言えば柳の木である。暗くなった小川のほとり、垂れ下がった枝がゆらりと揺れる風景はたまらない。
怖いのだ。本当に気の弱い僕には怖いのだ。でも暗くなってから、魅入られたように僕はそこを目指してしまう。そうっと、恐る恐るという言葉がぴったりな感じで。
何度怖い目にあっただろうか。ほんとに死ぬのじゃないかと思っては、そんな気になる自分に苦笑してしまうんだ。
小川に沿った遊歩道があって、歩いているといくつもの橋があって、所々にベンチも置いてある。その中で、一番鬱蒼と柳の枝が垂れ下がる下にあるベンチは、今のような夏には一休みするにちょうどいい。そしてすぐ側にある橋、ああ思い出すのも辛い。辛いけどここに来てしまうのだ。
この場所は、夜になったら別の目的でやってくるカップルがいる。ああ、彼女と抱き合ったあのベンチ、橋の上から見た蛍。そしてケンカしたあの夜。僕を押す彼女の意外に強い力。
彼女はもうここを訪れることは無いのだろうか。僕がこうして待っているというのに。
ああ、始まってしまった。僕が見えて無いたのだろうか。恋は盲目だからなあ。それでも僕はそうっと、柳の木に隠れる。
あの日、彼女はどんな顔をしていたのだろうか。僕はそうっとカップルの女の顔を盗み見る。
目を瞑っていた女が、急に目を開けた。そして僕と目が合った。見えてしまったのか。
きゃああ~~~っ!
もの凄い声だ。僕はいつもこの声で死ぬんじゃないかと思ってしまう。
もう死んでいるんだけどね。
おしまい。