「レイコの青春」 37~39
「美千子がそんな風に悩んでいたなんて
私は、今日まで、全然気がつかなかった。
美千子って、自由奔放が取り柄だとばかり思いこんでいた。
明るすぎる美千子が羨ましいと、ず~と感じていたし、
それが素敵だった。
私には、とても信じられない・・・」
「私の外見だけ見れば、レイコが感じていた通りだと思う。
自分でも、子供を持って初めて気がついたの。
私は、周りと上手く融合ができないし、不器用すぎる部分も有りすぎるの。
そのためなんだろうと思うけど、
他人と接するときには、いつだって先に自分の意見を出せずに、
ついつい流れの中に、身ををまかせてしまう弱い部分があるの。
人に嫌われたくないあまり、
『こうして欲しい』って、正直に言えない私が居るの。
外見の部分だけが独り歩きして、寂しがり屋や、泣き虫の自分は、
全部、自分の内側に閉じ込めてしまって生きてきた。
それを、園長先生は全部見抜いてくれた。
でもあせらないでねって、笑ってもくれた。
子供たちと一緒になって
大人への成長をしましょうって、励ましてくれたのよ。」
「うん、
わたしも園長先生に元気をもらった。
でも・・・園長先生の真意って、一体なんだろうね、
美千子になにをつたえたかったんだろう、」
「保育は、人を育てるための準備をはじめる場所になるそうです。
なにげない日常の繰り返しの中で、一人の人間を育てるために
最初の準備を、ゆっくりと蓄積していく場所が必要で、
それこそが保育の仕事になると言い切りました。
それがいつもの園長先生の、口癖だったの。
私が、できるかぎりの愛情を自分の子供に注ぐことと、
まったく同じように、
子供が社会に飛び立つためには、
周りにいるたくさんの人たちが愛情をそそいでやることが
とても大切なことなんだって教えてくれた。
手放したくないものを、しっかりと手放すために育てることが
産んだあなたの仕事です、それを手助けするのが私の仕事です、て
いつも笑って話していました。
手放したくないものを縛り付けるのではなく、
手放したいからこそ、愛情をこめてしっかりと健康な子供に育てあげるの。
人の生命の再生産の素晴らしさは、そこに有るんだって
いつも園長先生が励してくれました。
女って、子供を育てて初めて一人前の人間になるそうです。
そんな風にも言われたわ。
おかげで肩の力が抜けて、気持ちが楽になった。
第一私自身の、人を見る目が変わったもの。」
「そうだったんだ・・・
美千子がそんなに悩んでいたなんて、私ちっとも、知らなかった。」
「言ったでしょ、私は表に出せないタイプだって。
でも、そんな私にとっての悪い癖も、
園長先生のおかげでずいぶんと治ったわ。
もうすこし、早く気がついていれば、
もしかしたら、二度も結婚をしなくても済んだかもしれませんねと、
苦言なども、実は言われてしまいました。」
「なるほどね、
やっぱり、全部がお見通しだったんだ、 園長先生は・・・」
「ありがとうね、レイコ。
やっと素直に、自分のことが話せたわ。
あんたにだけは、見せたくないと思って
虚勢をはってきた部分が、本当はたくさんあったの。
それでも、レイコは今日まで、いつもと同じところで待ち続けてくれた。
ごめんね、私がつまらない意地をはりすぎて・・・
レイコにはかえって、辛い思いをさせてしまったわね。
これから先も、
友達のままでいてくれる?」
「やっと、胸のつかえが取れたみたいね。
久々に、美千子のすがすがしい顔を見た気がする。
わたしこそ、あなたを尊敬するわ、
大胆に立ち向かって、開かない扉まであけようとしている
そのエネルギーが、いつも眩しかったし、その勢いと、
行動力が大好きだった。
わたしこそ、あなたの友人で居ることが誇りだわ。」
「ありがとう、レイコ。
じゃあひとつだけ、私もレイコの役に立つように、
お節介をしても、いいかしら?」
「え、何だろう?
私は、嬉しいけれど・・・
なんのことだか、さっぱりだわ。」
「ピアノよ。
保母の単位修得で、どうしてもピアノは欠かせないでしょう。
園長先生がこぼしていました。
レイコさんは、ピアノだけは全然、駄目ですねぇ、
どうしてあれほどまでに気の毒なほど、不器用なんでしょうって・・・
深いため息をついていました。」
「そんなぁ・・・
確かにそれは言えるけど・・・」
「いつからでもいいから、来て。
課題曲が弾けるまで、私がちゃんと指導をするわ。
園長先生も、たぶん、
それだけが心残りでしょうから。」
「でも、美千子がピアノなんて、・・・いつの間に?」
「あれ、私はどこの生まれでしたっけ?。」
「あっ、山の手のお嬢さんだ!。」
「5歳から、ちゃんとお稽古をしています。
末はピアニストか、音大の先生などが夢でしたのに
ゆえあって、ホステスなんぞをしておりますが、腕前はまだまだ落ちてはいません。
時々、お店で弾いているくらいですから・・・
ひと言、断っておきますが園長先生ほど、優しくはありませんよ。
私の指導は、基本的にスパルタですから。」
「美千子ったら・・・」
作品名:「レイコの青春」 37~39 作家名:落合順平