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偽装結婚~代理花嫁の恋~Ⅳ

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 由梨亜は声を限りに叫び、追いかけようとしたが、奇妙なことに両手両脚を縫い止められたように動けない。
 と、海に向かって歩いていた女がつと振り返った。
 刹那、由梨亜は息を呑んだ。
 その女は昼間、海辺の町で見た三鷹の母だったからだ。女は哀しげに微笑み、また前を向いて海に入ってゆこうとしている。
―駄目、行かないで。あなたがいなくなったら、三鷹さんが哀しむから。
 叫ぼうとしたところで、眼が覚めた。
 まだ梅雨明けの前の深夜は、真夏のように暑くはない。それどころか、今夜は肌寒いくらいなのに、由梨亜は全身に汗をかいていた。
 コンコン。控えめに寝室のドアをノックする音が夜陰に聞こえた。由梨亜が応えるまもなく、ドアが開く。
「どうしたの? 叫び声が俺の部屋にまで聞こえたよ」
 三鷹がベッドの側に来た。由梨亜は茫然として三鷹を見上げた。彼の大切な母親が海に入ろうとしている夢を見ただなんて、絶対に話せるはずがない。
「夢を―見たの」
「夢?」
 三鷹が眉を寄せた。
「どんな夢なの?」
 由梨亜は泣きながら三鷹の腕に飛び込んだ。三鷹は愕いて身を固くしたが、すぐに由梨亜のか細い身体に手を回した。
「怖い夢を見たんだね」
 三鷹は優しく囁き、由梨亜の髪を撫でた。
「怖い―」
 由梨亜は三鷹の胸に顔を埋めた。由梨亜が強く身体を押しつけたので、豊満な乳房が自然に三鷹に押しつけられる形になる。
 三鷹は夜、寝むときには裸で眠るが、今は流石にナイトガウンを着ている。一方、由梨亜は薄手の木綿のパジャマだけで、ブラジャーもつけてはいなかった。
 やわらかな胸のふくらみを間近に感じ、三鷹は鋭く息を呑んだ。もし由梨亜が冷静であれば、絶対にこんなことはなかっただろうが、今は彼女は取り乱してしまって、まるで現実が認識できていない。
 三鷹は一瞬の中に固くなった彼自身が由梨亜の身体に当たることは避け、さりげなく由梨亜からその部分を離した。
 もちろん、由梨亜がそんなことを知る由もない。由梨亜は三鷹の腕に抱かれて泣きながら、一人の女性の哀しみに想いを寄せていた。
 生涯、海辺の静かな町で赤の他人を家族だと信じて暮らし、夢の世界から抜け出すことのできない気の毒な女性のことが何故か頭から離れなかった。