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偽装結婚~代理花嫁の恋~Ⅱ

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 抵抗はそれまで以上に激しくなり、ぐったりと横たわっていたのが嘘のようだ。陸に打ち上げられた魚のように華奢な身体が跳ねる度に、三鷹は無情にも上から体重をかけて抵抗を封じ込めた。
 男の舌は逃げ惑う由梨亜の舌を追いかけ、絡みついてきたかと思うと、烈しく吸い上げた。自分のものか男のものか判らない唾液が唇の端からしたたり落ちる。
 あまりの気持ち悪さに嘔吐きそうだ。
 三鷹の大きな手が由梨亜の胸のふくらみをそっと包み込み、やわらかく揉んだ。ブラジャー越しにも、豊かな胸の感触は十分に感じられたようだ。
 三鷹の吐く息が荒くなった。
 由梨亜はショックと恐怖に震えながら、三鷹を見上げた。欲情に瞳を翳らせた彼は見惚れるほどに美しい。まさに、凄艶な悪魔そのものだ。
 こんなことって―。
 何もしないと約束しておきながら、この仕打ちはあんまりだ。所詮、金持ちの男は住む世界の違う娘をどんな風に扱っても良いと思っているのだろうか。
 信じていたのに、裏切られた。
 大粒の涙が溢れ出し、頬をつたい落ちた。
 ふと由梨亜の身体が軽くなった。茫然と涙に濡れた眼で見上げると、彼女に重なっていた三鷹の身体が離れている。
「―ごめん。君があまりに可愛くて、つい」
 三鷹がすっと近寄ってきて、由梨亜はピクリと身を竦めて後ずさった。
「もう何もしないから、安心して。本当に済まなかった。初日からこれだもの、この先、信頼して貰えないような馬鹿げたことをしてしまった」
 三鷹が躊躇いがちに手を伸ばし、由梨亜の髪を撫でた。
「もう寝んだ方が良い」
 彼はひと言だけ言い残し、疲れ切ったような表情で寝室へと戻っていった。

 翌朝は惨憺たるものだった。
 まず、ひと晩中泣いたので、由梨亜の眼は真っ赤に腫れ上がり充血した。キッチンのテーブルに向かい合って座っても、三鷹も由梨亜も一切、何も話そうとせず、気詰まりな沈黙が重たく二人にのしかかった。
 それでも、由梨亜は冷蔵庫にあった食パンを焼き、コーヒーメーカーをセットしてコーヒーを淹れた。卵があったので、スクランブルにレタスを添えて並べた。
「あの―」
「実は」
 二人がどちらからもとなく声を出したのが、期せずしてほぼ同時のことになった。
「君から話してくれ」
 そう言われたが、由梨亜は黙って首を振った。
 三鷹は仕方なさそうに小さく息を吐きだし、重い口を開いた。
「昨夜のことだけど」
「―私、三鷹さんのことを信じていました。見かけは良い加減そうに見えるけれど、信頼できる人だろうと思うから、偽装結婚の話もお受けしたんです」
「俺のしたことは、弁解のしようもない。だが、これだけは言わせてくれ。俺は君を邪な下心があって連れてきたわけではないんだ。確かに今まで俺が付き合ってきた女の子のタイプとは違うし、物珍しさはあった。でも、本当に良い子みたいだったから、どうせ一緒に過ごすのなら、君のような子が側にいてくれれば楽しいだろうなと思った。これが俺の本音だよ」
「私―」
 由梨亜は言いかけ、言葉を選びあぐねて躊躇した。
「三鷹さんにかなり失望しました。でも、約束は果たします。だから、三鷹さんも約束は最後までちゃんと守ってください」
 三鷹はしばらく黙って由梨亜を見つめていた。男にしては整いすぎていると思うほど綺麗な面には何の感情も浮かんではいない。
 やがて、小さな吐息が洩れた。
「良かった、君が出ていくというんじゃないかと実は戦々恐々だったんだよ。それに、俺は出て行かれても仕方のないことをしたしね」
 先刻まで何の表情も宿していなかった彼の端正な顔に今はあからさまな安堵がほの見えた。恐らく、三鷹はそこまで代役の花嫁を必要としている―父親の手前、偽装結婚を装う必要に迫られているのだろう。
 何故か、そう考えた時、由梨亜の胸がツキリと痛んだ。そう、私は代役の花嫁。彼が昨夜、私にあんなキスをしたのも単に側に女がいたから、ただそれだけのこと。
 自分に夢中で言い聞かせている中に、三鷹が静かに立ち上がったのにも気づかなかった。
 と、突然、瞳に冷たいものが当てられた。
 愕いて弾かれたように顔を上げると、三鷹の声がすぐ後ろで響いた。彼の大きな手のひらが由梨亜の眼を目隠しするように塞いでいる。
「三鷹さ―」
 たった今、約束を守ると言ったばかりなのに。由梨亜が咎めようとする前に、三鷹が先に口を開いた。
「じっとしていて。ほら、気持ちが良いだろう? ずっと泣きっ放しで眼が凄く腫れてたから、こうして冷やせば少しは楽になるはずだ。そんな顔していたら、可愛い顔が台無しだからね。さあ、今度は自分で持って」
 三鷹は潔いくらいにさっと離れた。
 由梨亜は三鷹が眼に当ててくれたアイスノンを手で押さえたままでいた。
「それじゃ、行ってくる」
 三鷹の声が聞こえ、やがて足音が遠ざかった。彼は自称〝真面目な会社員〟として出勤するために出かけていったのだ。