エイユウの話 ~春~
それが全ての始まりだった
翌日の昼休み。中級魔術暦学を受講し終えたラジィは、食堂へ向かっていた。特に一緒に食べる義理も無いのだが、キースの世話をしていたせいか、昼食を共にするほど仲の良い友人というものがいなかった。いや、失ってしまったという意味のほうが強い。
ここで補足しておくと、魔術暦学の順位は、他の順位と関係なく付けられる。キースたち最高術師のみ、この例から外され上級魔術暦学を受講できるが、いくら次席と言えど、暦学が得意ではないラジィは、中級のクラスでもやっとという状態なのだ。
食堂に向かうと、ごたごたと込み合っていた。弁当派であるラジィにはほとんど構わない事態であり、また「何故弁当を持ってこないのだろうか」という疑問を抱く光景だった。その中でも一箇所だけ広々とした空間がある。そこに金色の頭が見えるので、キースがいるのは間違いない。
・・・のだが、それ以外に薄紅色のものが見えた。嫌いなわけではないのだが、どうにも彼とは合わない気がする。そんなラジィの気持ちが少し沈んだ。
着いて早々、ラジィはため息と共に彼に問う。
「何であんたがここにいるわけ?」
キースの隣の席に悠々と座っていたのは、キサカだった。彼女の質問に、キースが苦笑いする。当の彼は先に買っていた定食を食べながら、彼女を見ることなく答えた。
「俺がここで食いたいから。そういうお前は何でここに?」
「この辺が空いてるからよっ」
似たようなことを言い合う二人が可笑しくて、キースは必死に笑いを堪えた。二人は互いににらみ合うことしか考えていないようで、まったく気付いていない。気付かれる前に平静を装おうと顔を上げた。そんな彼の視界に、昨日の少女が入る。今日は誰も付いていないようで、彼女は一人寂しくお盆を持ってふらふらと歩いていた。心(しん)の導師や準導師に情報が響きかねないため、彼女に構う輩はそうそういない。放っておいても問題があるようにも思えるが、それに関して彼女が親に言うことがないと解っていれば、構うことを危険視する傾向が強まるのも当然かもしれない。
「それにしても」というラジィの台詞で、キースは我に返る。視線を戻すと彼女はキースの向かい席に座り、弁当を広げていた。喧嘩した手前、キサカの前に座るのは嫌なのだ。
「昨日のあれ、なんなのかしら?」
「心の欠陥・・・、いや、心の導師の娘の事か?」
「そうよ」キサカの返答に、偉そうな態度でラジィが答えた。彼女としては、そんな当たり前のことをどうして聞くのか、気になるところなのだろう。するとキサカは、先ほどまでキースが見ていた方向を指差した。
作品名:エイユウの話 ~春~ 作家名:神田 諷