エイユウの話 ~春~
「シエラ、擲羽大針(ニードルテイル)!」
命令とほぼ同時かという速さで、メーラシエラは攻撃を開始した。どんな作戦でも、ラジィの第一攻撃はこれと決まっているのだ。運が良ければ大して動きもせず、体力消耗も最小限で留める事が出来る。十八番にするには理想的な技だろう。
ニールはそれを軽々と防いだ。無防備なところを狙われたのに、とっさに動けたというわけではない。土陣の一つを用いて強大な鉄板を喚起したのだ。きっとラジィのこの定石のやり方を覚えていたのだろう。しかし、ラジィはにやりと笑う。
途端、彼の鉄板に突き刺さっていたメーラシエラの尾羽が、鉄板の中にずぶずぶと潜りこんだ。早々と気付いたニールは、優れた運動神経をもって鉄板から一気に遠ざかる。その次の瞬間、鉄板の、彼が隠れていた側から無数の針が飛び出した。
金属性のメーラシエラの攻撃を、鉄板などで防げるわけが無い。ラジィの実力を一番に知るキースが、相手のミスを脳内で指摘する。一時的には防げても、貫通や、今回のように接収されるのが落ちだ。しかも接収された鉄板は、接収したメーラシエラの能力を、彼の意思で発動させることの出来る、第二のメーラシエラとなる。
その性質から、地の術師と緑の魔女の相性は最悪だった。何故ならば、地の術師が喚起出来る物のほとんどが鉄製だからである。もちろん木材やプラスチック、またこの世界オリジナルの原料である硝晶(インギエル)の物もあるが、作り出すのにはそれなりの技術と魔力を必要とし、「即座に簡単に」という条件とは正反対とも言えた。
そんな事から自分で増やしてしまった敵陣に、ニールは苦笑いした。仕掛け業だけさっと洗って、きちんと調べておかなかった自分の落ち度だ。そう解ってはいても、他魔術の次席の魔術まで把握している最高術師はかなり珍しい。自分のところの次高術師すら知らないという最高術師も多いというのに。
ニールは土陣の書かれた紙切れを紙飛行機として二、三機を放った。紙飛行機は緩やかに舞い、ほどよく雲の残る空を滑空する。彼は地面に着地する前に叫んだ。
「喚起!」
彼の掛け声と共に、紙飛行機が木製の杭と姿を変えた。投擲具を多く使用していた彼は、とうとう土陣自体を投擲して物体を落下させる技術を得ていたのだ。また、難しいとされる木材の即時喚起も、見事な腕前だ。さすが最高術師である。
思わぬ攻撃を食らったラジィは、吃驚して目を見張る。固まって指示を出さない彼女の名を、メーラシエラが叫んだ。
作品名:エイユウの話 ~春~ 作家名:神田 諷