エイユウの話 ~春~
「・・・許してあげてよ」
唐突な声に顔を上げると、キースが目を細めてキサカを見ていた。ほとんど目を覚ましていたらしい。起きることが困難なのか、彼は腕の力だけで上体を持ち上げた。
頭をがりがりと掻いたキサカは、罰が悪そうに眉間にしわを寄せる。起きてやがったのかと、小さく声を漏らした。手のひらに顎を置いて、ふんと鼻を鳴らした。
「意地悪な奴だな」
「冗談、今目が覚めたばかりだよ。それに、ラジィがいない状況とかで大体ね」
キースが魔力という実力以外に、頭脳的武器まで持っていたことに、キサカは感心した。
こういう学園にいると、上位に上がるほど生来の魔力を奢るものも多い。そんな人たちがそれほど状況推理力に長けているはずもなく、結果「上位=浅墓」になりがちなのである。学園の統制によって、浅学な者が少ないのが幸いだ。
よろよろと上体を起こす彼に、思わずキサカは手を貸した。いくら華奢な体だとはいえ、キースも男だ。起こすのには結構腕力を要した。
「もう大丈夫なのか?」
そう尋ねて彼が手を離したと同時に、キースはまたバタッと倒れた。その衝撃が少し頭の怪我に響いたようで、キュッと顔がゆがんだ。
「ははは・・・、まだ頭がズキズキしてる」
彼は頭をさすりながら、苦笑した。
「脳震盪起こすほど強く打ってんだ。そりゃ痛ぇだろうな」
キサカもさっぱりとした笑い方で、キースの発言を受ける。
そんな中、鐘の音が響いた。今までが休み時間だったので、授業開始の合図だ。奏の魔術の実践授業があるというので、忘れ物をして戻ってきた保険医がその空間に顔を出した。もう少し休む事を提案されたキースだったが、彼はそれを断る。何とか上体を起こして、脱いでいた靴をはいた。
作品名:エイユウの話 ~春~ 作家名:神田 諷