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 目があまり見えない分、彼女には危険が多い。転びそうになったのを何度支えたかもわからないくらいだ。普通に目が見えるヤツだってしょっちゅう転ぶヤツは転ぶのに、もっと転びそうな状態にある彼女が気をつけるのは当たり前のことだ。
「外には出てるのって聞かれたよ」
「なんて答えたんだ?」
「毎回、無償ボランティアしてくれるとってもいい人がいるから大丈夫ですって」
 とってもいい人、かー……まあ、まだあちらの親は知らないし、そういう表現になるよな。いつか認めてもらいたいものだけど。
 デートといっても映画とかそういうところに行く意味はない。よく行くのはCDショップや噴水のある公園だった。晴れていると外に出たくなると彼女に言わせるまで随分かかったけど、今ではそれが嬉しいから。だから俺は月並みなデートスポットに興味がなくなった。
 カラオケに行くこともある。彼女はTVを見れない分ラジオを聞いてたりしょっちゅう音楽を聞いてたりするから、歌詞はほとんど暗記している。もしくは点字で書いた歌詞カードを持ってくるから、曲を入れるのだけ手助けするけど他は普通通りだ。
 というか、普通ってなんだろうなと最近考えてたりする。
「……このまま、わたしたち一緒にいられるのかな」
 ふと小声で彼女が言った。いつも行くCDショップに向かう雑踏の中だったから、かき消されそうだったけど。
 大丈夫だと俺はもう一度彼女の髪を撫でて、しっかりと腕を組み直した。
「どうした?」
「なんでもない、ちょっとね」
「ちょっとってなんだよ。気になるじゃん」
「気にしないでよ」
「無理だね」
「無理して」
「いやだ」
 どこか情緒不安定になりかけてると思った俺は、ちょっと休憩しようとファーストフードへ彼女を引っ張っていった。
 なにがあっても、俺はこの手を、離したくない。

 化粧道具を広げてる女子高生、疲れた顔したサラリーマンがタバコを吹かしている。
 別に俺たちは嫌煙者でもないし喫煙者でもないけど、手ごろな席に座った。
 彼女の前にはポテトとオレンジジュース。手に取りやすいようにポテトは袋入りだったのを(あの味つけれるしゃかしゃか振るヤツだ)広げてあった。
 俺は普通にメシを食いたかったんで、テリヤキのセット。それともうひとつ単品でダブルチーズ。
「……」
 無言でポテトを頬張る彼女は、少し暗かった。
 こんな雰囲気なのは、付き合って最初の一ヶ月によくあったっけ。彼女がなにかしら不安なことがあった時、いつもこうなっていた。
 俺はひとつだけバーガーを平らげて、ふうと息をついた。マヨネーズが少し多かった気がするけど、ファーストフードだし文句は特にない。腹が膨れればいいと思うのは男だからだろうか。
 そして、彼女から話し出すのをゆっくり待った。いつも、こうだったから。
「あのね」
 ああ、あの女子高生たちうるっせえなあ。
「こないだ、送ってもらった時、何回試しても上手くいかなかったでしょ?」
「……うん」
「それで、わたしって、付き合ってる価値あるのかなって思っちゃって」
 タバコ、少し制限しろよリーマン。ちょっと煙いぞ。
「こんな風にちゃんとハンバーガーも上手に食べられない子なんて、ダメなんじゃないかって」
 テリヤキとかだといつもこぼしてしまったりすることを言ってるんだろうか。
 でもそれはそれで可愛いと思ったりするんだけどな。
「本当はね、こないだの病院の帰りにお父さんたちに付き合ってる人がいるって話そうと思ってたんだけど、自信なくしちゃって……」
「おし、残りのポテトとこのテリヤキ交換しよ」
「えっ?」
 あっけに取られる彼女を無視してトレーを入れ替える。飲み物だけ移して。
 ジンジャーエールをひと口して、俺は言う。
「あのさ、色々喧嘩したこともあったし、大変だったけどさ。もっと自信持っていいから」
「だってわたし」
「お前さ、本当はもっといっぱいつらいことあっただろうに一回も話してくれたことないじゃん? それってすごいことだと思うんだ」
「話したってなにも変わらないじゃない」
「だよな。でもそれって結構難しいことなんだぜ。どうしても愚痴ったりしたい時あるからさ。付き合った最初の頃以来だよ? そんな暗くなったりするのも」
 そうかな、と言う彼女の手にテリヤキを持たせる。こぼしちゃうよと言う彼女に俺は大丈夫だってと笑って言う。
 まだ付き合ってそんな長いわけじゃない。もっとこんなことはあるだろう。些細なきっかけから大きなことまでさ。どっちかがくじけきって、立ち上がれなくなったらダメになるかもしれないけど、ひとりじゃなければきっとなんとかなると俺は思う。
 案の定、マヨネーズを思い切り顔につけても気づかない彼女がなんだか微笑ましかった。それをぬぐってやるのも、ちょっと幸せなんだぞと告げると、顔を赤らめていたっけ。
 店を出るまでたくさんのことを話した。つらかったこともいくつか聞いた。ドリンクだけ残してトレーを下げた後はソファ席の横に俺も移って、少しだけ抱き寄せて髪を撫でていた。
 端から見たら、俺たち単なるバカップル。

 帰り道、やっとあれから笑顔の戻った彼女に安心して。何枚か買った新しいCDの話もして。
 そして彼女の家の前まで来て、あっさりバイバイとはいかなかったんだ。
「あのさー」
「なに?」
「俺はさ、そういう風に色々抱えてることだって、目がどうのってことだって、全部わかってて好きになったし。大丈夫だから」
「でも本当はずっと気に病んでたし、これからも気にすると思うよ、わたしは」
「そしたらまた俺にちゃんと言えよ。連絡取れない間悩んでたんじゃないのか?」
 図星だったらしく、下を向く彼女に近寄って顔を上げさせた。

「ばーか、ちゃんと俺はお前の彼氏だよ」
 今までずっと閉じてたから忘れてたけど、目を閉じなくても、キスはできる。

 『ブラインド』 了
作品名:ブラインド 作家名:椎名 葵