タクシー強盗の恐怖
「いい人なんて、滅相もないです。私は猫好きのただのばかです」
そう云いながら、今井も目を潤ませている。
男は白紙のレシートを長く出させた。男は今井の口座番号を訊き、それを記入した。相変わらず涙を流しながら、半分に切った片割れに自分の氏名と連絡先を記入し、男は返却分の紙幣と共に乗務員に渡した。
「俺、来月から働くことになってるんだ。その前に再就職手当は出ないかなぁ。とにかく借りた分は、金が入ったら必ず振り込むからな。ちょっと間があくけど、それまで待っててくれ。悪いな」
「わかりました。やっぱり、動物を愛する人間に悪人はいないんですね。安く手術してくれるという獣医については、今日の午後に電話でお報らせします」
「ところで、俺が飼ってる猫を見ないか?自慢の器量良しなんだ。見てやってくれ」
「決められた時間までに会社に帰らないと、大騒ぎになります」
「もう一度刃物を見たいのか?」
「わかりましたよ。是非、拝見させてください」
車から出た二人の男たちは、少し古い二階建ての家の玄関に向かって歩き出した。二人共、まだ目を潤ませながら、しかし、笑顔だった。家の中からまだ若い猫の、可愛い声が微かに聞こえた。
了