奥手な男
第1章 遅刻
タカシは月曜日の二時限目に社会学を履修した。一般教養の中で唯一興味のある科目だ。今日は2年生になって最初の授業。大学も2年生になれば、1年生のときの初々しさも薄れる。興味のある科目よりも単位の取り易い科目。
タカシが社会学を履修したのも、確かに取り易い科目だったこともある。しかしそれだけではなかった。高校生のときに知ったマックス・ウェーバーという社会学者にどことなく興味を覚えていた。
タカシは真ん中の列の前から2番目の席に座ると教授の到着を待った。
マキは大学2年生の最初の授業の日に寝坊した。
「うわ もうこんな時間」
飛び起きると大急ぎで身支度をし、ヨーグルトを流し込んでアパートを出た。最寄りの駅から電車に飛び乗ると携帯の時計を眺めた。
「まずい 絶対遅刻だ」マキはフーっと大きなため息をついた。
大学に着いたマキはキャンパスを走り抜け、社会学の授業が行われる307教室に急いだ。授業が始まって10分が経過していた。マキは後ろのドアからそっと教室に入った。
「はい そこのあなた ここが空いてますよ」
社会学の教授は遅刻してきたマキに向かって、真ん中の列の一番前の席を指差してそう言った。受講している学生が一斉にマキに注目した。
「あ はい すみません」
マキは顔から火が出るほど恥ずかしかった。教授に言われたとおり真ん中の列の一番前の席に着くと、なるべく音を立てないようにそっとバッグを机の上に置いた。
バッグの口を開けたとたん携帯の着メロが響き渡った。着メロはこともあろうに「笑点」のテーマ曲だった。教室中に笑いが起こった。マキは慌てて電源を切った。頭が真っ白になった。
穴があったら入りたかった。
タカシは自分の前に座ったマキの背中を見ながら、笑いをかみ殺すのに必死だった。
授業が再開されるが、マキは相変わらずバッグをごそごそとやっている。
「あれ、あれあれ」
マキの青ざめた小声にタカシはピンと来た。タカシは小さい声でマキに話しかけた。
「よかったら一緒にどうぞ」
「すみません ありがとうございます」
慌ててアパートを飛び出したマキは社会学の教科書を忘れてきたのだ。
マキはひとつ後ろの席に移動するとタカシと並んで座り、二人で一冊の教科書を眺めた。