『晩夏の小夜時雨』 (ばんかのさよしぐれ)
僕は濡れ切った君を抱き締めた。それからどこまでも優しく、そして柔らかく、君の唇を奪った。
頬に降り注ぐ小夜時雨、それは無味のはず。だが、仄かな甘い味がした。そしてそれは無臭のはず。しかし、まるで雨上がりのように、清々しい香りがした。
夏の終わりの小夜時雨、粒径は0.4ミリメ-トル、落下速度は秒速2メ-トル。主成分は紛れもなく[H2O]。それらは真っ暗な夜空より、さあ-さあ-と。微かな音とともに複雑に、交叉しながら降り続けていた。
そんな日常を破り、僕は心の奥底にずっと眠り続けていた決意を、やっと君に伝えることができた。
「僕は・・・・・・とてつもなく君が好きです。だから、一生をかけて、君を幸せにしてみせます。僕と結婚してください」
君はコクリと頷いた。そして君の涙が、無色透明の雨に溶けていった。
おわり
作品名:『晩夏の小夜時雨』 (ばんかのさよしぐれ) 作家名:鮎風 遊