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NOT EQUAL [0]【オリジナル】

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 路地裏のけっこう奥まで入ってきた。
 途中、「姉ちゃんは…」と川森君がつぶやくのが聞こえた。彼の1つ上のお姉さんは僕も知っている。2人とも背が高くて、春にお姉さんが高等部に上がった後も時々話題を聞く。余談だけど僕にも1つ上の姉がいる。家に近い学校に通う、どちらかというと悪い意味で話題になる姉が…。
 室外機がうんうんと唸っている横を通ってビルとビルの隙間に入り込んだ。川森君は僕のシャツを掴んだまま、かがんで空いている左手で石ころを拾い上げる。
(石で殴るにしては小さいよね…?)
 一応空手部に入ってはいるから、いざって時はなるようになるだろうし。下手に抵抗して怒らせても仕方ないので僕は壁に張り付いてじっとしていた。
「…お前、名前言えるか?」
 すると彼が僕の方を向いて聞いてきた。
「はぁ?」
 あまりにも突拍子がなくて、僕は思わず変な声を出してしまった。
「しょっちゅう見てるよな? 同学年か?」
 川森君は僕から手を離して、腕を組んでうなってる。
「…篠沢だよ、隣のクラスの。体育でよく一緒になるよ」
 何だ、僕が誰か確認したかったんだ。わざわざこんな所まで連れ込む必要ないだろうに。
「篠沢…ひろひとだよな。広い人って書く」
「そうだよ。知ってるんだ」
 由来はそのまま『顔と心の広い人たれ』って意味だ。
「名前を覚えるのは結構得意なんだ。ああ、そっか…」
 ちゃんと思い出したからだろう。うんうんと彼は頷いている。

「…で、ゆーたいりだつ、だっけ?」
「え? 幽体離脱?」
 またもや突拍子のない発言。

「そうそう。だってどう見ても…あ、いや見えねえんだけど、分かるんだよ…ああもう、いつもこれの説明が面倒なんだよっ!」
 彼は頭をかきむしる。
「お、落ち着いて…」
 もう何がなんやら。
「ともかく、うちの家系のせいでおれは霊体を見ることは出来ないけど、触れるし会話も出来る。それとおれの目が見えない訳じゃないからな。視力はいいんだぜ」
「そっちじゃなくて、幽体離脱ってのは?」
「それは…。ここに手を載せてみろ」
 彼が真顔になって右の手のひらを出した。少々不安を感じながら僕は左手を同じように重ねた。

 川森君の左手が開いて、さっき拾ってた石が手に落ちる。

「……!!」

 石ころが僕の手にめり込んだ。
 違う。
 僕の手のひらをすり抜けて、彼の手のひらで止まっている。

 ああなるほど。
 よく見比べれば透けている手を持ち上げると、手のひらを生暖かい風がすり抜けた。

「…看板が落ちたって通りすがりに聞いて、そこに行ったらお前にぶつかったんだ」
 石を足元に落とした川森君が言う。
「頭にでも当たったとか?」
「たぶんな」
「頭に痛みは感じないけどなあ」
 後頭部のあたりに手を伸ばしてみたら、指がスカッとして反射的に引っ込めた。
「ま、まあ…触った感じ、そんだけ元気なら体もまだ生きてるだろ。おれの家はこういうのに慣れてるからさ、連絡して探してもらうからな」
 言っていた通り、僕は見えてないはずなのにこちらの位置とかが分かるようだ。
「そっか…それじゃあ頼むよ」
「ああ。任せとけ」

 扇子のでているポケットから携帯電話が顔を出したところで、タイミングよくメロディが鳴った。

「…姉ちゃん?」
 川森君が首を傾げつつボタンを押す。僕も反対側から耳を近づけてみたけど聞き取れなかった。
「何? 薊?」
 アザミって花のだろうか。同い年の従兄ならこういう時に漢字で思い浮かべるんだろうなと思った。もうちょっと勉強しとけば良かった。


「坊ちゃ~ん!」
 上空から声が聞こえた。
 見上げると、長髪を後ろで束ねた女の子が空に浮いているのが見えた。
「ええっ!?」
 反射的に指さした僕に気づいて、彼女はここへ飛び込んで来た。

「坊ちゃん! こちらでしたか」
「ああ。それと人前で坊ちゃんって言うなよ」
 川森君が目の前で浮いている女の子にしかめっ面を向けた。
「あ、お初にお目にかかります。わたくしは薊と申します」
 彼女は顔を赤くしながら頭を下げた。僕も「あ、篠沢です、よろしく」と挨拶を返す。
「すみません、坊ちゃんを追いかけてきたら変な人に襲われて…」
 アザミさんは作務衣っぽい服を着ていて、僕たちと同年代に見える。けど宙に浮いているから物語でいう式神とか使い魔とかなのかもしれない。さすがに僕と同じ状態って訳ではないだろうし。

「人じゃないけどねー。いわゆる死神って感じかなー」
 またしても空から声が降ってきた。

 見上げると、フードの付いた全身ローブで鎌を持っている、絵に描いたような死神の姿をしたひょろ長い人が宙に浮いていた。確かにどう見てもそうだねと言える。それにしても…僕はこの先、人が宙に浮いていても驚かないだろうな…。

「ならちゃんと仕事しろよ。川森の御先にちょっかい出してんじゃねえ」
 川森君が空を睨みつけた。
「へえー、でもその子強そうに見えないなー。勝負したいのになあー」
 外見は僕らより年上に見えるけど、言動は子供っぽい人だ。あ、いや、違うんだっけ。
「み、みんながみんな戦闘ができるわけではありませんよ!」
「だな。100人いても俺が勝てるな」
「もう! そんなことおっしゃって、何があっても知りませんよ」
「…えーっと、割って入るのは恐縮だけど、僕はどうなるのかな? 話の中だと幽体離脱って早く戻さないといけない場合が多いじゃないか」
 さすがにいつまでもスケスケな体ではいたくないし、間に合わなかったなんてもっての外だ。

「…全くもってその通りだ」
 またもや別の声が降ってきた。
「!?」
 いつの間にか死神っぽい人の背後にもう1人、彼をさらに長くしてメガネを掛けさせた感じの人が現れていて肩に手を置いている。
「あ、いやー、そのー…」
 置かれた方の反応からして、怖いお兄さんってところだろうな。
「…さて、他に当てがないということで私が仕方なく引き取った弟よ。霊体をむやみに放置するとどの様な事態が発生すると想定される?」
「え、えーっと…気ノ淀ミニヨル魔ノ発生ヤ違法行為ノ横行ガ想定サレマス!」
 弟さんは背筋をぴんと伸ばして、なぜかカタコトで答えた。アザミさんがうんうんと頷いているから正解なのだろう。川森君が「どこも同じだな…」とつぶやいたのも聞こえた気がしたけど、気のせいだと思いたい。うん。

「その通り。正解したお前にはここの後始末を任せる」
 お兄さんが横に視線を送った。僕もそっちを見る。
 そして気付いた。僕らの周囲をひんやりとした黒いもやが囲っていることに。もやから手みたいなものが出て空を引っかく。
「やべ。さっさとすることをしないとな」
 川森君が扇子を取り出した。あおいで散らすのだろうか。
「そうです、楓お嬢様が車を回すとおっしゃってました」
「成程、川森か。ではその者は任せる」
「ああ。篠沢、走るぞ」
 互いにうなずくと、僕たちは隙間から飛び出した。

「見せてやるよ。見えないからって何も出来ない訳じゃないってところをな!」
 彼は閉じたままの扇子を両手で握った。そして横に振る。
 広がる方の端から青い光が伸びて、もやがきれいに払われた。