【無幻真天楼 第二部・第一回】夢風鈴
蚊取線香の匂い
電気はつけていない
自分の部屋に向かおうとしてどうしてかここに来てしまった
小さい頃は怖くて覗くのも嫌だった和室の隣の仏間
別に霊感があるとかじゃないのだけれど
今思うとどうしてあんなに怖かったのかすらわからない
綺麗に畳まれたタオルを手に取る
「京助…?」
いきなり名前を呼ばれて不覚ながらビビったらしい京助がタオルを落とした
「何してるんだっちゃ?」
「別に」
落としたタオルを元の場所に戻した京助が戸口に向かう
「お前こそどうしたよ」
「あ…風呂…」
「帰ってきて入ったからいい」
緊那羅の横を通った時香ったのは柚子の匂い
何でか少しドキッとした気がした
「…なんだよ;」
「えっ; あ…や;」
緊那羅の手が京助のシャツをつかんでいた
あわてて手を放した緊那羅
京助から数歩離れてうつむく
気まずいというかぎこちないというか
どうしたらいいのかわからない
どちらも動くことなく数分
「…髪乾かせよ」
京助が言った
「…うん」
そこでまた途切れた会話
続く沈黙
うつむく緊那羅の頭に京助が手をおいた
「おやす」
緊那羅の頭から離れた京助の手
「おっ おやすみだっちゃ」
あわてて振り返った緊那羅が見たのはひらひらと手を振りながら歩いていく京助の後ろ姿
それが見えなくなると緊那羅も歩きだす
途中仏間を覗き込んで少し止まってまた足を進めた
なんとも言えない気持ちで胸が満ちている
泣きたいような嬉しいような
「…強くならなきゃ…」
緊那羅自分に言い聞かせるように呟いた
チリンチリーン
二回風鈴が鳴った前へ
作品名:【無幻真天楼 第二部・第一回】夢風鈴 作家名:島原あゆむ