120円の恋
「鵜野森さんもコーヒーで……ってああ、苦手なんだっけ」
「すいません……ていうより、いいです。おごりとか悪いです」
問答無用。120円を投入してミルクティーを押し付ける。これなら以前に、鵜野森さんが飲んでいるのを見たことがある。しまった。ホットだ。梅雨どきにこれはない。
受け取ったペットボトルを両手で持って、それを見つめながら、鵜野森さんは、くすぐったそうに笑った。
「あーやっぱホットはないよね……」
「いえ、そうじゃないです。ただ、思い出しちゃって……」
それは半年前のこと。初めてのアルバイトで緊張していた高校生の女の子がいた。指導する人は見慣れない大学生の男の人。怖かった。差し出されたのは苦手な缶コーヒー。飲み切ることもできず家に持ち帰ったそれを、3日間かけて牛乳で薄めてなんとか飲みきったこと。
捨ててもよかったのにそれができなかったのは、男の人の笑顔を見たときに、不思議なくらい緊張が溶けたから。そんな経験は初めてだった。
「だから、もしかしたら……」
そのときから、始まっていたのかもしれない。
鵜野森さんは、そう言ってほほえんだ。
後日それを聞いた僕は、なんともいえない不思議な気分になることになったのだった。