空の子供
…聞いた覚えのある声。振り向けば、そこには、白い魔性。ハオ曰く冷蔵庫。確かにね、真っ白だけどね? 全身。でも、形は違うんじゃないかしら?
「日野夕子」
そこにはジャオファが居た。石を投げつけた子供は、魔の存在に怯えて逃げ出していた。
「ジャオファ!」
「久しぶりだな」
「どうして、此処に?」
「皆、お前の使い魔をやりたがらなかったから、僕がお前の使い魔だ。全く……見せしめに一人殺しても、誰も挙手せんとは……」
「……魔王の貴方が?冗談でしょ」
「冗談を言う顔に見えるか」
見えない。でも、偶に言うよね。いや、あれは本気か。
とは、はっきり言ったら、後が怖いので、言わないで置く。
すると、磯部先生が、ジャオファだって、と声を荒げて、私の後ろに隠れる。
「あ、あの、魔王ジャオファ…?」
「いかにも。ジャオファといったら、それ以外居ないだろう、馬鹿かお前」
「ジャオファ、磯部先生にそんなこと言わないの!」
「……」
磯部先生は、身なりを整えて、握手をしようと手を差し出すが、ジャオファは至って無表情で、手を差し出されても、何もしない。
仕方がないので、ジャオファ、と言うと、ジャオファは不承不承といった感じで握手を左手でする。まぁ、手には問題があったが、――左手だと、敵意を現すしね――握手をすることは成功した。
「わ、私は、あの、あのジャオファと、本でしか見たことのないジャオファと握手を…!」
そりゃね、感動するのは判るわ。同じ魔法使いとしては。
だって、本当に本でしか見たことないし――後で読んでみたの、ジャオファに関する本。全部、ジャオファが召還されない唯一の魔物って書いてあったわ――、召還されたのを聞いたこともないもの。
そんな魔物が、私の使い魔? ……怖い。なんか、怖い。嬉しくて、怖い。ジャオファだったら、空の話をしても通じるし、楽しい。なんか、怖いけど、嬉しい。
「じゃあ、帰りましょうか、ジャオファ」
「うむ」
「ま、待ち給え、否、待ってくれ! 日野夕子!」
「え……?」
私は振り返って、磯部先生を見遣る。
帰りかけだった、足を止めて、ジャオファと顔を見合わせる。
「ジャオファを使い魔にする人間なんか、聞いたこと無い!」
「ええ、私も……それが?」
「…私は、一応魔法使いの資格を持っている。入学させることは出来ないが、どうだね、代わりに私の下で勉強しないか?」
「……え…?」
「ジャオファを使い魔に出来る人間なら、きっと凄い魔法使いになれるだろう! 既に君は夜の魔女のようだし。どうだね?」
…ねぇ、シェイ。こんな、ことってあるかな。
…私、魔法使いになれそう。
「弟子になったら、魔法使いの資格が持てるんですか?」
「その師の下で十年間勉強すれば、認定される。夜の魔女といえどもな」
ねぇ、シェイ。私、私、夢を捨てなくて、よさそう。
「あの、でも、いいんですか? 夜の魔女を、ホンモノの魔法使いにして…」
「優れた原石を、磨かないでおくのは、勿体ないだろう」
「……ッ宜しくお願いします!!」
私と磯部先生は、がっちり握手をした。
ねぇ、シェイ。
愛も素敵だけど、夢も素敵ね。
私、大魔法使いになったら、今度は何を目指そうかしら?
今から、楽しみなの。
現実は厳しかった。だけど、優しいところもあって、だから現実は好きなの。
私、絶望してたけど、貴方から強さを貰った。だから、こうしてめげない自分が居たの。
そうそう、それとね、もうすぐ春になりそうなの。桜が咲くわ。きっと貴方と同じで暖かいから、きっと貴方と同じ瞳の色をしているから、きっと貴方と同じで優しいから、春を見ましょう?
ねぇ。聞いてる?
ねぇ。
自然は好きよ。
自然は。
自然は、ね。
「相変わらず、お前には闇が見えないな、日野夕子」
帰り道、ジャオファがぽつりと呟いた。誰を見て言ったかって? 比べたかって?
帰りの道で、闇に怯えて、闇に狂い、暴動を起こしてる馬鹿どもとよ。人から物を奪い、暴力を振るい、恐喝し、炎を手にしている……醜いお馬鹿さんたち。
「む……。いや、闇はあるか。ただ一つ、お前にはとんでもない闇があるよ。今まで見た中で一番薄い闇が。薄すぎて、気づかなかった。常人が持っていても人には厄介ではないが、僕を従えてるお前が持つのは厄介だ。夕方のような闇だ…………面白い」
「何よ、私に闇って……」
「…………人間への嫌悪だ。空の子供を、助けずに追ったからか?」
「……さぁね? 私には、判らないわ、その闇は。だって、人間は好きな人も居るわよ。私を魔法使いにしてくれる、磯部先生とかね?」
「その好きは、無条件の好きじゃないだろう? 邪険にしないからだろう。他の人間を好きだと言えるか? 自分を、空の子を追いかけてきていた人々が。魔女狩りをしようとしている人々が」
ジャオファはクスクスと笑って私の先を歩き、それから振り返る。
その笑みは、艶麗で見る者を虜にするだろう、きっと。私に効かないのは、何故だろう。
「魔物を好いてるかも微妙だな。どうでもいいがな。――まぁ、あれだ」
嗚呼、今日の空は闇が、月に映えて、綺麗。私を照らしてくれると約束したハオは、空で今どんな思いで、フィアンセの言葉を聞いているのだろう。
「お前は、確かに夜の魔女。お前は、夜の子だよ、『空の子供』。魔術を学んだら、何をしだすのだろうね、お前は。それが僕は楽しみだよ。実に。嗚呼、とても――……どんな闇が待っているのか、ね」
「…………私が悪者みたいになる言い方ね」
「そうだろう? お前は悪い者になる。遠い未来に。悪くならない人間など、居ない。闇がない人間なんて、可笑しいと思ってたんだ。薄すぎて、見つけにくい、ぺらっぺらの闇だったんだ。でも、それが濃くなったから、見つけられた。ということは、これから先、増えるということ…………面白いな、人が今以上に夜の子へ怯える姿は。想像するだけで、身震いするぜ。なぁ、黄昏時の名を持つ、空の子よ。お前は、闇にも光にも属する、まさに、夕方の子、夕子だ――何故、気づかなかったのだろうな。人にも、空の子供が紛れていることに――……お前が一番、空に近しいことに。あいつらは、どんな顔して、見守って居るんだろうな? 止めに来たら、どうする、日野夕子。戦うか? 戦うなら、僕が先頭に立つことになるぞ? 使い魔だからな? あいつら、負けるだろうね? そんな姿が見たくはないか? それとも、人を罰するのに僕を使うのか、楽しみだよ」
私の心に昇ったのは、本当に朝日なのかしら。魔王にそんなこと言われるなんて……。
「心外ね」
私は、ねぇ、シェイ、前と同じ笑い方が出来てる?
――完。