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空の子供

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 怒る私を見て、パイロンはさっきまでの真剣な顔は嘘のようにかき消して笑い…でまた一瞬だけ浮かべて、呟いた。私にだけしか、聞こえない声で。
 「親に立ち向かえる、御前さんの強さが欲しかったなぁ、早めに。己の種族を誇れる御前さんの強さが、眩しいよ。やっぱり御前さんは、暗がりのオレには向かなかったんじゃろうなぁ。シェイ向きだ。暗がりから抜け出せない種族のオレには。オレを恥じてるオレには」

 ……――でも、パイロン。貴方、もう空の子供じゃないことは、怖くないでしょう?
 今、ジャオファと普通に話せるようになったじゃない。魔であることを隠さないで大丈夫になったじゃない。

 「パイロン」
「ん、何じゃ、人の子?」
「貴方も今、立ち向かえている。震えるその足で、頑張って立っているじゃない。親と今直面しているじゃないの。早さなんて、気にしない方がいいわ」
 私がそう言うと、パイロンは、一瞬一驚したような目をして、それから酷く苦さを臭わせる笑みを浮かべた。その笑みは、ジャオファ譲りの魔性が薄く、神獣に相応しい笑みだった。
 「そう言ってくれる人を欲していたのは愚弟ではなく、オレだったかもしれんのう」
 その笑みを私に送ってから手をひらひらと振って、ハオ達の方に向き直り話しかける。
 パイロンは、ハオに何かを言っている。そして、怒られそれを笑い飛ばしている。ジャオファがそれを羨ましげに見ている。

 そこで思い出した、あの日の言葉を。
 ――オレを嫌ってくれ、日野夕子。

 …そう、これ以上進展してはいけないのだ。
 …シェイに嘘をついたことになる。シェイに顔を見せられない。空に顔を向けられない。
 だって私は誰とも恋愛しないって言ったんだから。

 この胸の高鳴りは、気のせいにしなきゃいけない。顔が赤いのは、寒いからだ。

 「夕子ちゃん?」
「え、あ、何?」
「使い魔は、帰ってきたらあげるってさ。さぁ、行くよ」
「うん、……判った!」

 生きて、帰れるかな。
 シェイの仇、討てるかな。
 グイが立ちはだかるんだろう。
 空に会ったら、まず、なんて文句を言ってやろうか。
 ねぇ、シェイ。アホ、馬鹿、死ね、どれがいい?
 私一人じゃ決められない。
 ……肩が震える。怖い、のかもしれない。
 ねぇ、シェイ、守っててね。幽霊でもいいから。

 「耐熱魔法をかけるぞ、人の子!」
「うん…!」
 目をつぶって、襲いかかってくる重力に耐える。座りかけたけど、何とか立て直し、身を支えた。
 そして目を開けば、何の暖かみのない世界がそこに。
 「地上に嫌われる魔法をかけるぞ。陣の中に入れ」
「あ、はい!」
 ハオとパイロンは既に陣形に入っていて。
 六芒星で出来た陣形、基本ね、と思いながらも、入り、ちょっと怖いので、ハオのスーツの裾を掴む。
 ハオは苦笑して、頭を撫でた。
 「さぁ、準備はいいわ! やって頂戴!」
「了解、マイハニ…何故怒る? 何故殴る? 嗚呼、そうか、夫婦喧嘩か、これ」
「待って待って待って!」
「止めないで夕子ちゃん、あいつ、殺すわ」
「待て待て待て、今殺すと契約した意味がなくなるぞ!」
「そうよ、ハオ! 蛇に噛まれたと思って!」
「いや、駄目だろ。それ」
『あんたがつっこむな、ジャオファ』
 ジャオファは肩をすくめて、首を振ってから、長い長い詠唱をする。
 そして、それが完成したとき、最後に決め手の一言を。
 『再見世間』
 ぶわっと黒い炎が陣形を囲う。揺らめき燃えさかり、そして次の瞬間、物凄い勢いでドンっと音を立てて、私たちは重力から逃れた。
 勿論シェイも一緒。

 高く、高く飛んでいく、ロケット花火みたいね、私たち。
 空へ向かって火を噴くの。
 攻撃の火を向けるの。高い音で警告するの。今行くよって。

 漸く会えるのね、憎い空。

*

 雲を突き抜けて、知らない世界が広がる。
 宇宙に着くんだとしたら、息が出来なくて大変なんだろうけれど、パイロンもハオもそんなこと言ってなかったから、宇宙ではなく、別世界なんだろう。別世界に、初めて人間が足跡を付ける。
 別世界で、待っていたのは、グイだった。
 黒い一房の髪を靡かせて、サングラスを中指で持ち上げる。
 ハオが今にも噛みつきそうな顔で、グイを睨み、剣を抜く。
 パイロンは扇を用意して、何時でも攻撃できるように。
 ジャオファはただ成り行きをじっと見ていた。ハオが命じない限り動かないだろう。今は。
 「剣と刀、どっちが強いか、ハッキリさせましょう?」
「女と男の使い手では、どちらが強いのか、もな。魔物の手なんざ、借りやがって、誇りの欠片もないのか」
「空の子供だなんて、誇りに思いたくはないわ! それに魔物は最初から兄弟内に居たから、何とも思わないわね!」
「……――」
「グイ!」
「何だ、日野」
 グイは刀をすらりと抜きながら、私の方を見遣る。
 私はその何処へ向いてるか判らない眼差しの方向に、戸惑いながらも、声をかける。
 「本当に戦うの? 兄弟なのに」
「言っただろう。兄弟は他人だ、…空が己の全てだと」
「あんた、やっぱり淡泊すぎるわ!」
 最初に斬りにかかったのはハオ。ハオの剣さばきは、見てる者にも迫力が凄くて、びりびりとした空気が伝わった。
 受け止めるは、グイの刀。薙いで流す。ハオの剣が勢いなら、グイの刀は静か、だろうか。
 パイロンが応援しに、何か呪文を唱えている。リィと言ってたから、雷系の魔法だろう。
私は、ただ、グイに話しかけることしか出来なかった。

 「貴方、本当に兄弟が他人だと思っているの?!」
「それ以外何であると?」
「本当に? 本当にそれで貴方はいいの!? シェイに大好きと言われて、嬉しくなかったの?!」
「……」
「シェイの笑顔を見て、和まなかったの?!」
 その言葉に一瞬動きが止まる、その隙を見計らってパイロンが魔法を発動させて、グイを狙う。ハオはその場から離れて、雷を避ける。ジャオファは言われなくても、ハオにシールドを張っていた。
 雷がグイの体を狙い打つ。
 ……グイなら。
 私の知ってるグイなら、攻撃をかわす事なんて出来たはずなのに。
 甘んじて受けた?
 「グイ!」
「……黙れ。…黙れよ、日野。判ってるんだよ、何もかも。己が間違っていることも、空がおかしいことも」
「なら、何故戦いよる、愚兄!」
 パイロンに言われ、グイは口の端だけ吊り上げて、形だけの笑みを浮かべた。
 「それが己の性分だからだ。シェイに笑って優しい言葉をかけてやることもできねぇ。テメェらみたいに、シェイのために戦おうとすることもできねぇ。己は、己の信じる道を進むしかできねぇんだ。己は親が怖い。不器用でも、臆病でも、なんとでも呼べ」
 グイの手に力が込められ、今度はグイが反撃を。ハオに刀で斬りかかり、足を狙う。
 ハオは足を狙ってるのが判ったのか、ジャンプして、上から叩ききるように剣をふりかざす。転がって避けるグイ。
 「己は、シェイの兄じゃない。空の子供だ。それだけだ」
作品名:空の子供 作家名:かぎのえ