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 自分が気にいったものをつけてると、自然と気分も高揚してくるものだしね。私もこの眼鏡はじっくり選びに選んだものだからとても気に入ってるの。だからかけてると自然にこうして冗舌になってしまうの。
 ――まだまだ言い足りない気もするけれど。まだ言ってもいいの?」
 俺が話を聞き続けて黙っていることにようやくきづいたのか、愛架が一度眼鏡のついての愛の語りをやめて俺に話しかけてきた。
「いや、十分。お前がいかに眼鏡を愛しているのかこれでもかってくらいわかったよ、愛架」
「あら、それはよかったわ」
 とても満足そうな笑みを浮かべる愛架。俺はそんな愛架の頭を撫でてみた。すると、反応はすぐに帰ってきた。
「子ども扱いしないでくれる?」
「そんなつもりじゃないけど」
 にやりといじわるな笑みを浮かべて見せれば、愛架は少し頬を紅潮させてむっとした表情に変わっていた。
 口に出しては言わないが、ますます可愛い。
「…ま、そう思わせたなら謝るよ、ごめんな」
「――わかればいいの」
 すぐにぱっと手を離してやれば、愛架はうつむいてそう言った。なんとなく名残惜しいと思ったのは俺だけじゃなかったらいいのにとそんなことを思う。
 ――それから少しの間。二人して黙っていた。愛架はうつむいたまま、俺はそれを見ているままに。
 そしてしばらく立つと、不意に愛架がでも、と口を開いた。
「私、気付いてしまったの」
 まだ、愛架はうつむいたままだ。
「なにに気付いたんだ?」
 俺はそのまま愛架の言葉を待つ。
 愛架はなんとなくもったいぶるような、いや、言いしぶるようなそぶりを見せたが、やがて、
「眼鏡は素晴らしいものよ? 心からそう思うの。でもね、一つだけ。どうしても眼鏡が…言葉は悪いけれど、邪魔だと思う時があることに気付いたの」
「愛架にしては珍しいな。どんなときだ?」
 問いかけてみれば、ちらりと愛架の瞳が俺を見た。愛架のお気に入りの赤ぶち眼鏡を通して、愛架の目と俺の目が合う。
 若干まだうつむきがちだが、上目遣いのその表情はまるで熟れた林檎のように赤くなってきた。
「………」
 愛架が口を開いたが、言葉は耳まで届かない。愛架もそれがわかっていたようで一度固く口を閉じ――決心したかのように、今度は俺の耳にぎりぎり届くようなそんなか細い声で、言った。

「……誰かに抱きしめてもらいたいって思った時。眼鏡があると、その誰かの肩や胸に、顔が埋められないの」

「――じゃあ、その時だけ、どうしても抱きしめてもらいたいときだけ。眼鏡をはずせばいいんじゃないか?」

 顔を真っ赤にしている愛架。手を伸ばし、ゆっくりと愛架の眼鏡を外した。
 久しぶりに見る愛架の素顔。
(眼鏡が無い方が好みなんだけどな)
 言えない言葉をのみ下し、愛架の眼鏡を丁寧にたたんで、机の上に置いた。
「さて」
 なんとなく気恥ずかしくなり、俺は小さくそう言って腕を伸ばした。愛架の背に腕を添えて、そのまま引き寄せる。
「っ!」
 小さく息をのむ愛架。引き寄せて、俺の胸に愛架の体を密着させた。
 右腕は愛架の腰へ回し、左腕で愛架の頭を撫でる。
 愛架は少し戸惑っていたが、そのうちおずおずと腕を俺の背中へと回してきた。
 小さな愛架の腕にはそれほど力は無かったが、それでもぎゅっと抱きしめ返してくる力を感じた。
 愛架が俺の胸に顔を埋めて、ぎゅっと抱きしめてきた。
 だから俺も、愛架が苦しくならないように力を見計らいながら――それでもつい。
 嬉しくて、ぎゅっと強く抱きしめた。