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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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空にいる、君へ

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『夏休みが終わったら、またあおうね』

 最後の手紙をもらってから、何度、夏休みをすごしたろう。
 今夜もまた、ぼくは空を見ている。降るような星空を、息子と一緒に。

 もう、そんな年になってしまった。きみが空にいってから。
 星になって、星から星への手紙の配達人になるんだ。って、願っていたきみ。
 そのときのきみの目の輝きを、ぼくは一生忘れない。
 だから、ぼくは今夜も星を見る。白鳥の背に乗って、きみが手紙を配達している姿を見るために。

 はじめてきみとであったのは、へまをやってかつぎこまれた病院の庭だった。
 じっとしていられないたちのぼくは、外へ出る許可がおりたのがうれしくて松葉杖をたよりに、庭をあちこち歩き回った。
 一番奥まった、ヒマラヤ杉の木立の向こうまでいくと、第八病棟という看板があって、子どもがたくさんいた。小さい子どもから、少し大きい人も数人混じって。
 ぼくがいたのは小児病棟なのに、なんでこっちにも子どもがいるんだろう。と、ちょっと不思議に思った。けれど、一度に歩きすぎて疲れたぼくは、そんなことを詮索するより、座るところをさがした。
 少し先にベンチがあったので腰掛けると、たまたまそこへ車いすでやってきたのが、きみだったんだ。
「足、いたい?」
 きみはぼくにやさしく声をかけてきた。ぼくはとつぜんのことに、ちょっととまどったけど、
「少しね。でも、やっと外を歩いてもいいっていう許可が下りたんだ。うれしくて、つい、こっちまできちゃった」
 自然に話すことができた。たぶん、きみのひとなつっこい笑顔のせいだと思う。
 それからぼくは、自分がけがをしたてんまつを、きみに話して聞かせた。きみは、ほんとうにおかしそうにけらけら笑ったっけ。
 サンタクロースのまねをして、屋根に登って落ちたって。それで大腿部を骨折したんだ。お医者さんは、よくお年寄りがころんで骨折する場所だって言ってた。
 そんなわけで、クリスマスはクルシミマスだったし、悲惨な寝正月を過ごして、節分過ぎて、やっと少し動けるようになった。そして、二月末のぽかぽかした春みたいな日、はじめて松葉杖で外に出てみたんだ。
 きみはもう、一年近く病院にいるって、いくぶん顔を曇らせた。
「なんの病気?」
 のどまででかかったそのことばを、ぼくはぐっと飲み込んだ。こっちの病棟は、ぼくのいる方とはちがうような気がしたから。

 でも、すっかり仲良くなったぼくたちは、ときどき庭で会って話をした
 もっぱら、話し手はぼく。きみはぼくの学校のこととか、先生のこととか、友だちのことを知りたがった。きっと、それがみんなきみ自身の友だちや先生のように思いたかったんだね。
 たった一度言っただけの友だちの名前も、
「あ、その子はいつか池に落ちた子だね」
なんて、まるでその場で見ていたように覚えていた。
 ぼくが退院する日。つぼみがふくらみはじめた桜の木の下で、別れ際、きみはぼくに一冊の本をくれた。
「ぼくが書いた詩なんだ。読んでね」
「ありがとう。四年生で本を出すなんてすごいね」
「また、会える?」
「ぼくの家、近いから、ときどき来るよ」
 きみはうれしそうに笑って、小指を差し出した。細くて白い指だった。
「指切りげんまん。うそついたら、針千本のーます」

 きみの詩は、繊細でやさしいきみの心がそのままあらわれていた。見落としてしまいそうな、日常の些細なことにも気配りがあって、ふだん、お母さんに文句ばかり言ってる自分が恥ずかしくなった。
 読み進むうち、
 ――ぼくは星になって、星から星へ手紙を配達するんだ――
 そのことばに、ぼくの目は釘付けになった。
 あとがきに、病気のことが、きみ自身のことばで書いてあった。進行性筋ジストロフィー症で、一年生のころ病気がわかって、三年生まではなんとか学校に行っていたけど、とうとう立って歩けなくなって入院したって。
 あの病院の第八病棟は、専門の療養施設だったんだ。
 ぼくはきみの顔を見るのが怖くて、お見舞いに行かなかった。行けなかった。きみの笑顔を思い出すだけで涙が出た。

 夏休みが始まったある日。きみから手紙が来た。
『元気ですか? ぼくも元気です。詩集読んでくれましたか? 感想聞かせて下さい。えんぴつがうまくもてないので、へんな字でごめんなさい』
 思い切って、病院へ出かけてみると、きみはいなかった。夏休みの間は、家に帰るのだそうだ。
 看護婦さんが、きみからあずかったという、ぼくあての手紙をくれた。
『もしかしたら、ぼくの病気のことを気にして来ないのかな? でも、もし来てくれて、ぼくがいないとがっかりするといけないので、看護婦さんにこの手紙をたのみました』
 そこには住所と電話番号が書いてあった。ぼくは手紙を書こうと思ったけど、まどろっこしいので電話をかけた。
 トゥルルル……。呼び出し音と心臓の鼓動がいっしょになって、耳に響く。
「もしもし」
 聞き慣れたきみの声が聞こえた。そのとたん、ぼくは涙があふれて声が詰まった。
「ぼ、ぼく……」
 だけど、きみはすぐにぼくだとわかってくれた。そして、なぐさめてくれたよね。今でも思い出すと恥ずかしいよ。
 泣くだけ泣いてすっきりすると、病院にいたときのように、なんのわだかまりもなく話ができた。

 それから二年間、ぼくたちは親友でいたね。どんなことでも話し合った。
 勉強家のきみは、何でもよく知っていた。動物でも、昆虫でも、植物のことでも。
 家が東京だから、大好きな星があまり見えないって、残念そうに言っていたきみのために、お医者さんに無理を言って、ぼくの家に外泊させてもらったこともあったね。
 望遠鏡ではくちょう座を見て、オレンジ色とブルーグリーン色の二重星・アルビレオがとてもきれいだって感動していたきみ。そうして言ったっけ。
「あの白鳥の背に乗って、手紙を届けるんだ。星から星へ」って。
 きみのうでや足はどんどん細くなって、力がなくなっていった。まるで悪魔のやつが、きみをぎゅっと抱きしめているみたいに。
 ただ黙ってみているしかできないぼくには、それが一番つらかった。

 最後の手紙が届いたのは、中学一年の夏休みが始まった日のだった。
 まとまった休みがはじまるときは、いつも必ず『休みが終わったら、また会おうね』って。きみは一枚の便せんに、たったそれだけ書いてよこした。とても時間をかけて。
 えんぴつをもつことさえできなくなっていたのに。でも、それがきみの生きた証だった。
 今でもぼくは大切に持っているよ。きちんと箱に入れて。大事な宝だから。

 それから一週間たって、きみの家から電話がかかってきた。ぼくのショックがどれほどだったか。空から見えた?
 ぼくはろくに食事もしないで、三日くらい呆然としていた。
 そんなときだった。あのニュースを聞いたのは。それは偶然というより、奇跡だった。
 はくちょう座に新星が発見されたって!
 それでぼくは、悲しむより、きみの願いがかなったことを喜んであげようと思ったんだ。
 ゆうゆうと夜空を飛ぶ白鳥に向かって、ぼくは大きく手を振った。きみに見えるように。

「……うさん。お父さんたら」
「ん? なんだい」
作品名:空にいる、君へ 作家名:せき あゆみ