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雪は穢れて

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 「……そう、そうやって責任転換するんだ? ……ねぇ、僕たちってそこに、パプリカさんを含めないでくれないかな? 彼女は認めたし、詫びもしなかった。殺すだけのお前とは違うんだよ。ちゃんと現実を受け止めて、そして被害者側の気持ちも考えた。あの人は、詫びる方が俺がやりきれないと知ってて、詫びなかった。暗殺者のプライドかもしれないけれど、それでもお前みたいに命乞いはしなかったんだよ!! ふざけるな!」
 真雪は野良を蹴り飛ばす。とてもその小さな体に秘められてるとは思えない強い力で。
 野良は蹴り飛ばされても、その姿勢から動けず、ひたすらに瞳に恐怖を映し、今度は視線を狼へ。
 「君と真雪で仕組んだのか?! 僕をはめるための!」
「アルテミスッ……!」
「野良! 御大将に無礼な言葉は許さないぞ!」
 千鶴は剣の先を野良へと向けようとしていたが、それを声で狼に制される。狼は、ただ何かを耐えるような感情を押し殺すような、無表情。
 それを見た千鶴は、眉根をさげて、剣先をおろす。
 真雪はというと、そんな表情の狼を見ると、その顔が見たいとばかりに野良へと残酷な言葉を吐く。復讐と愛を兼ね備えた甘美な感情に、居心地のよさを感じつつ。
 「パプリカさんを、罵ってご覧よ。そうすれば、気まぐれで見逃してあげてもいいよ? パプリカさんの涙の粒の数だけ、生き残る可能性をあげる」
「……ッ……判った。……ごめんね、コヨーテ。僕は、君が好きだけど、命の方が好きなんだ。まだ、生きたいんだ。君の味を忘れない」
「……――待って? お前、パプリカさんを抱いたのか……!?」
 ぎらりと揺らめく嫉妬の炎、それに気づかず、野良は狼を罵り続ける。
 狼は、もう涙で景色が見えなかった。否、見ようとしなかった。例え、嫌いなヤツでも同郷の、もうない同郷の者で、唯一過去の自分を知っていた者。
 そんな彼が、自分を罵り、その上余計な一言で真雪の怒りを買った。
 ……どうなるかなんて見たくはないだろう。

 野良の首は、真雪が意図的にかけた霊圧で、折れ、死んでしまった……。

 「……そりゃね、パプリカさんの年なら誰かに抱かれててもおかしくないけれどね。そこの騎士なら、許せたけれどね。お前のような生ゴミが、俺の猟犬に手を出していたなんて……」
 千鶴の、俺はあり得ない! との叫びに、真雪は耳を貸さず、静かに涙を流さず、堪える狼を見やる。
 目に浮かべるだけに、留まらせておく。何も言葉を発さない。それは、この地獄も当然だと思うからだ。自分は暗殺者、いつ殺されても、いつ地獄が起きてもおかしくはなかったのだ。タイミングが、悪かっただけなのだ。

 そんな無表情を見ると、真雪は憎悪と共に、愛しさが胸の中で花開くのを感じて、やるせなくなる。
 本当ならば殺したい。殺したいのに、殺したらとてつもなく後悔しそうな気がする。それでも、この女は親を……――。
 ――葛藤しつつ、この愛しさが拭えないのはもう諦めている。それなら、せめて彼女を支配したい。
 自分と同じように、自分のことしか考えられなくしてしまいたい。それは、歪んだ愛情。だけれど、狼を恋愛対象として見る者によく見られる傾向。
 肉食動物は首輪を繋いでリードをしておかないと、危ないのだ。強者が誰だかを思い知らせなければ、駄目なのだ。自分が強者だと認めさせなければ、彼女の頭の中には住めない。

 「ねぇ、騎士どの、退いてくださらない? 貴方は無関係。俺の私用に巻き込まれただけだから。今なら、義父さんにも義母さんにも見つからないです」
 それは素直な親切心だった。ただ単純に彼を傷つけたくない、暗殺者と同じになりたくないだけの。
 だが、千鶴にはもうそんな言葉は戦闘の切り出しだとインプットされて、動けない狼の代わりに、真雪へ向かって、剣を向ける。
 狼はそれに気づき、千鶴まで失いたくない、というか、千鶴は野良よりも失いたくない存在だったので、彼女の今出せる精一杯の声量で、止めるんだと命令するが、彼は初めて主へ反発し、真雪へ向かう。
 真雪はそんな光景を見て、苦笑したが、時すでに遅く、どこからか、衝撃が千鶴に与えられて、千鶴は吹っ飛ぶ。
 「わしの息子に手出しは許さぬぞ」
 それは、美闇、もとい、黒蜜だった。黒蜜は少年の容貌をそのままに、魔法を放ったのだ。
 剣の腕前が良くないわけだ、魔法使いが本職ならば。そう千鶴は自嘲気味に笑うも、今度は黒蜜へ突撃する。
 まず最初に礼儀正しく冑割り……ではなく、袈裟斬りをしようとした、だが、それは叶わず、黒蜜は後ろへ避けて、今度こそと命を奪うような魔法を使おうとした。
 狼は、やめろと騒ぐ。鎖が体に食い込むぐらい、王座から離れようとした。だが、それは叶わず。
 だが代わりに、予想外なことが起こった。
 命を奪うような魔法と、何かの魔法が放たれて、相殺されたのだ。
 魔法が放たれた方を見やると、そこには……銀の錫杖を構えた、騎士の愛しき魔女。

 「庵……ッ!」
 千鶴と狼が名を呼ぶと、庵は顔をにこりと一瞬微笑ませて、それから、首飾りについていた紋章を取り、少しの間それを眺めていたかと思うと……真雪へ投げつけた。当然、届かないわけだが、それでも少しは鬱憤が晴らせた。

 「お許しを、狼様、千鶴。少し遅れましたわね」
「何故此処に……いや、いい。丁度良かった、庵……ッ僕のことはいいから、千鶴を連れて逃げ出せ!」
 ……庵も、また、初めて上司の言葉に逆らう。
 美しさの中に、厳しい表情を目立たせて、黒蜜をちらりと見てから、真雪を睨み付ける。
 「ぶりっこなんて、普通二人以上でるわけないと思ったのだけれどね」
「……ぶりっこじゃないですよ、別に。俺は普段の俺でいただけです。ただ、親の仇の前だと性格変わるだけ。親の仇の前って、普通性格変わりますよね?」
「そう、じゃあ私は狼様……いえ、貴方の所為で色々と苦難された世界中の為に、性格を変えようかしら? でもそれじゃあ私は魔法使いとしては失格。いい? 先輩からのアドバイスよ、真雪くん。……魔法使いというのは、常に私情は捨てるべきなのよ。だから、私は本当は憎い貴方を殺したいのだけれど、殺せない。いえ、此処にいる誰一人殺せない。幽霊との契約は、続いているのだから。だから、せめて私は……狼様や、千鶴を殺そうとするそこの男を相手にするわ」
 「じゃあ、俺は貴方の後ろの女性だね。……女性を相手に剣を放つのは、嫌なのだけれど……魔王ならば、しょうがないですよね、御大将……。御大将、少しの間、助けるの待っててください」
 そう言うと、千鶴は即座に立ち上がり、庵の後ろから斧での斬撃を狙っていた香苗――否、蜂蜜へと剣を向けて、庵を守る。
 庵はというと、その千鶴の背中を狙う黒蜜からの魔法を受けないためにシールドを張る。
 狼は、その光景に呆然とする。

 (千鶴……庵……)

 「……千鶴、庵。僕の命一つでこれは終わ……」
「御大将、その命一つの重みが如何ほどか、今の貴殿なら判るでしょう!? その命の重みで真雪は動いた!」
「狼様、バカなこと申さないで! 私の上司運は今最高潮なんですの! その運を手放せと仰せになる!?」
作品名:雪は穢れて 作家名:かぎのえ