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雪は穢れて

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 狼がきっぱりと言い切る。何の感情を込めることなく。否、感情を込めたとしてどんな感情を込めればいいのだろうか?
 真雪はその言葉に……苛立ちを隠せないのか、今までの健気な姿など最初からなかったように、加虐的な笑みを浮かべる。

 「――今の時点で惨めだ。さっき嫌な奴だと判ったら、何と助かったことか! 貴方を殺せた! あの日、貴方が盗人を捕らえるところを見なければ、貴方は完璧に悪人として殺せたのに! 行きずりの恋なんてなかったのに……ッ!」
「僕はお前の好意を利用して、この軍を……」
「今更何を言おうと無理ですよ。俺の中では、貴方への憎悪と共にあるのは、悔しいことに、愛情なんです。……どうしても、何を考えても、貴方を考えてしまう。寝ても覚めても貴方のことばかり。俺はまるで、会うまで貴方に取り憑かれてるような感情でした。憎しみだと思いました。事実憎んでいました。ですが、貴方と会って、一気に目覚めて確信したんですよ……憎しみだけでない奥底の思い。貴方を憎みながら、愛してるのだと」
 真雪は心底愛おしむように、だが憎しみが溢れ力を僅かに込めてから、離れて、幽霊を憑依させる。これで、思い通りの人形のできあがりだ。
 「じゃあ、僕、美闇と香苗……黒蜜と蜂蜜の所へ、行ってきますね、待っててください、俺の可愛い猟犬?」

 狼は、真雪の思い通りの返事を。

 「待ってるわ、あなた」
 殺したろうか、このくそガキ、と何故自分が総大将になったか理由を忘れながらも、狼は内心で苛々とした。

 あの日、だから、全てを白く覆い尽くす雪の話なんかより、おおっぴらに平等に愛情をくれる太陽のもとで眠りたかったのだ。

 今更の遅い後悔。
 雪は壊れて消える。太陽の方が強くていつまでもある。一時の雪の話なんて、いらなかった。

*


 「こういうわけか」
「こういうわけなのよ」

 狼と真雪のやりとりを見終え、高い木の上に座ってる二人は頷いた。
 抹茶と餡蜜の……否、やりとり自体が、幻だ。此処には幻しかない。

 変なことに自由に動いて良いと、自分に関して警戒心の高い雌が呟いた。
 その前々から何かがおかしいと思ってはいたが、今が楽しいので無視していたら、こうなった。

 「オレはピンチに間に合わなかったわけか。くそ、初めてだ、策略で負けるのは」
「ロウが私の伝言を人間じゃなくてジャムに伝えていたらね……」
「オレが人間でもンなことしねぇよ。それはねぇな。此処まで寧ろ……頑張った方だ」
 抹茶の変わらぬ視線の中に何処か、愛情が含まれてるのを見ると餡蜜は苦笑して、抹茶の頭を撫でた。
 抹茶は頭を撫でられるとぶりっこはやめて、ただその手を振り払いやめろよ、と半目で睨み付けた。
 その顔を見て、餡蜜はふふっと笑う。
 「貴方の魅了技を使っても無理よ。真雪の霊感は、世界最大。魅了なんて魔法の一種なだけなんだから」
「テメェこそ、今ある火薬から逃げられねぇよ」
「お互い大変ね。ノラって奴が居なかったら、火薬じゃない火だったのに」
「いいや、火薬だったさ。オレが、教えるから?」
 そこで笑いあう、二人。その姿は心底仲が良さそうだが、別段親友というわけではない。
 ただ稀にお互い敵の大将で、それの全てはお互い気まぐれなので、その点で気が合い、そして現在お互いに絶望的な現状と言うだけだ。
 「ジャムのこと言わなかったわね、ジャムは目的に含まれてないのかしら」
「含まれてたら、大変なことになるからな。オレは黒蜜も蜂蜜も、二人の重大な秘密を握っているし、獣人に何かあったらそれを広めるよう仕組んでるから」
 だからこそ、自分は真雪ではなく、嫌がらせで蜂蜜である香苗になついたのだ。
 その時の香苗の表情といったら、今思い出すと笑える。
 最初は気づかなかったが、魔力を二人が解放して魔法部隊に圧迫感を与えているから判ったのだ。嗚呼、こいつら芝居してんじゃねーかと。
 真雪に兎獅子の正体を教えられるわけがない。それはつまり、秘密を晒してもいいことになるのだから。
 以前、己と他魔王の四人が集まったときに、自分は誰に味方をしてもいいし、味方しないという言葉に一つ、付け加えていたのだ。
 「何処かしらでオレを見かけても、なれなれしく声なんてかけんなよ。それで目論見がばれたら、秘密ばらす」

 「テメェの場合の秘密、は、何だったけか」
「ジャムってば、私たちにとって重大な秘密でも、貴方にとってはどれも忘れても良い秘密なのね」
「……だって、実際、こんな世界も、こんなばからしい騒動もどうでもいいし?」
 ただ、放っておけないのは、その世界の中にただ一つ、さび色に輝く気高き狼を見つけたから。
 さび色は人を寄せ付けようとしない癖に、物好きな者たちが集うのだから、思う身としては複雑だ。
 「まぁ、こういうわけなのよ。だから私はちょっと貴方に遺言代わりにこれを見せたかっただけ」
 そう言うと木の上という幻影は消えて、餡蜜の城の中になった。

 ――城の中から、幻影部屋で現在の状況全てを見せて貰ったのだ。
 通信機器なんて使わなくても自分にはこういう手があるし、餡蜜を倒すのが目的であるならば、いずれは此処へ来るだろうと思って、逃げ出したとき、先回りしたのだ。
 「で、遺言を託された者としちゃ、他に財産が欲しいんだけど?」
「じゃあこの部屋をあげるわ。貴方の意志で、好きな光景に変わるようにする」
「嗚呼、そりゃ嬉しいな。この部屋は昔から好きだった」
 そう言うとけらけらと笑い、嬉しそうに何も映し出していない、薄暗い部屋を抹茶は見上げた。
 そして、餡蜜の秘密を思い出す。
 「その羽衣、天女の名残だったっけ?」
「……皮肉よね。世界を生み出した親が、子供に虐げられるようになるなんてね?」
「わかんないぜ? 反抗期なのかもしれねぇよ? もう諦めるのか?」
「もう子供は成長し終わったもの。老いちゃったの。死期なの。だから、成長し終わった私は、親の二人に殺されるの」
「真雪は放っておいても死ぬから、その分そういう辛さなんて無く、幸せしかないから、気楽だよな。世の中をしらねぇ子供だ。知ったかぶりの子供だ」
 真雪の顔を見る度苛立つ。何も世の中を知らないくせに、辛さだけは知っているみたいな顔をしている。それでも健気に生きている。そんな顔をしている。
 世の中には、どんな人生だろうと、どんな人にとってもその人生が一番辛く感じることがあるだろう。だがそれを全面に押し出す奴は嫌いではない。
 ……――辛いことがあっても平気なの! 本当は悲しいけれど! と、嘘をついて微笑むような人種は結構嫌いな人種だ。
 今も、幻影部屋に状況を映し出すと、野良は三部隊の隊長を兼任していて、千鶴は部隊に命令して、他のパーティと合流した真雪のパーティが餡蜜を猛攻撃している。狼はいつも通りの顔のように作られ、いつも通りと見える行動で、餡蜜へ攻撃する。
 映像の先の餡蜜が倒れた。
 幻の餡蜜は、少しぶれながら、あははと笑った。
 「何処ですれ違っちゃったのかしら。体中が痛いわ」
 ……そう、こうやって辛いのに嘘をついて笑う人種は嫌いな筈なのに。
作品名:雪は穢れて 作家名:かぎのえ