雪は穢れて
「決まりましたか、狼さん?」
「うん、僕は季節感より常日頃にあるものを選ぶ」
「リンゴ風味クリームタルトですね? じゃあ、俺は……うーん、やっぱりチョコクリームのショートケーキで!」
決まりだな、と頷き店員に注文する。そしてその際にお冷やを出されたので、タイミングが遅いと視線だけで軍兵に叱る狼。店員は畏まりましたと、それはメニューをなのか、ただ謝罪を受け入れた意味なのかそう言うと、立ち去って厨房に歩んでいった。
「……その、この間、の、殺された方は、大丈夫ですか? 供養なされましたか?」
言いにくそうに、だけど気になったのだろう、真雪が真剣な顔をして、首を傾げた。
率直だ。やはりこの子供は、純情なところがあると自分の見抜いた性格に頷いて、嗚呼、と少し顔を俯かせて人の死が悲しい顔をする。
本当は、代わりなんて幾らでもいるので、悲しいわけではない。人はいずれ死ぬし、この軍が解散した後、もしかしたらこの軍の一味だった者を暗殺しに行くかも知れない。だけど、居なくなるのは寂しいが、死ぬのは悲しいとは思えなかった。千鶴と庵を抜かせば。
嘘は嫌いの癖に何やってるんだか、と思いつつも演技を続ける。
「彼は、ね。長年の僕の友人でね……昔から二人で育ってきて、僕は彼を兄のように慕っていた」
「……お悔やみ申し上げます。あの、話しづらかったら、無理しないでくださいね?」
「……いや、誰かに聞いて貰った方が楽だ。……この街には、彼を知っている人は居ないから」
そういって、笑うのも計算。その計算高さは、抹茶から教わった。
尤も、ただ観察していただけだったが。本人は、真雪を相手にする演技だと判った途端教えなくなったのだ。何を拗ねているのだろう。
「葬式を、ちゃんとしたい」
「……出来ないのですか?」
「……僕は、金が、あまり、その……」
嘘だ。なかったら、暗殺者などしていない。有り余るほど金はある。はっきり言おう、そこらの成金よりは金はある。
ただ、その金の殆どは暗殺の必要経費に費やしているのだが。
「……だから、誰か魔物を討伐してみたいんだが、誰かと組むのが苦手なんだよ」
「……――」
「それに、賞金も高くないと山分けで十分な金を得られないだろう?」
「……――」
彼はきっと心の中で、噂を思いついているのだろう。でも、そう簡単に魔物殺しを勧めるようなタイプには見えない。危険だからだ。一般人には魔物退治は。だから、自分はあまり一般よりではないことをすり込ませなければ。
「僕はこれでも、剣士の一端でね、嗚呼、片腕は無くしたが……まぁ、腕には自信がある。だから魔物を倒して、少しの間、冒険者にでも転身しようかな、なんて」
「……冒険は危険ですよ」
親身に心配されると居心地が悪いが、口だけの礼を告げる。
そして、でもね、と口元を綻ばせた。
「それでも、葬式がしたいんだ。それに、彼を殺したのは――魔物だ」
そう告げると、僅かに真雪の目が見開かれた気がした。
今まで人型の魔物を見たことが無いのだろう。聞いたことは……あるのだろうか。
念のため、彼女は魔物だということを教えておく。それも三大魔王だということを。
何故知っているかと問われれば、彼が彼女について調べていた魔物探求家だったからと答えた。それは嘘ではない。
その頃合いにデザートが運ばれてきた。会話の途中に頼んだ物が運ばれるのは自然なことの内の一つで。今度は満足そうな視線を送る。すると店員はにこりと微笑み、ごゆるりとと口にして他の客の接待をする。といっても、その客は軍兵なのだが。
「……餡蜜って、……あの、餡蜜?」
「そう、餡蜜。恐らく顔を見て生き残ったのは、最初の最後で僕だけだろ。あと、お前」
「……狼さん、街の噂をご存じ?」
「……? 何だ?」
「……なんか、最近、餡蜜は他の魔王に殺されかけて、ぼろぼろで縄張りに閉じこもっているらしいです。そう、今はぼろぼろ」
「……そう、なのか?」
「なんか人間に姿を見られたから殺されかけたそうです。……賞金も高くて、仇、そして何より今がねらい目なのです」
「……でも、僕一人じゃ……魔法も、罠も……」
「ふふっ、運が良かったですね、狼さん。見てお判りでしょうが、俺は魔法使いです。あんまり使えませんが、それでも死んでませんよ? そして、俺の仲間の二人は一人は剣士で一人は、なんと、罠解除が出来る弓士なのです!」
「……僕は、人見知りが激しいぞ?」
そういって、一応、戸惑うふりをしておく。それでも真雪は作戦通りに、大丈夫ですよと頬笑んで、任せてくださいと頷いた。
「一緒に、倒しましょう。俺、貴方と相性が良い予感がするのです」
「……! ……子供の世話をしなくては、ならないのか」
そんな皮肉を言って置かなくては不自然だろう。それでも拒否するオーラを出さず、差し伸べられた友好の意、握手をする。
そしてそれから二人はデザートを口にしながら、軽く談笑をする。
此方では和やかに話しているが、店の外では店に入ろうとして必死に軍兵に止められている抹茶の姿があった。抹茶曰く、「あれは、デートです」だそうだ。人間の情報に、よく詳しい獣人だ。
その時だった、店の中に一人の客が入ってくる。
「大変だッ、喧嘩、喧嘩だッ」
その大声に流石に驚いたのかそれまで楽しそうな顔で話していた真雪は其方へ視線を。自分も釣られるように見遣る。
「今、茶髪の剣士と、東洋の剣士が……ッ」
「東洋……! 狼さんっ、あの、ちょっといいですか!?」
「どうしたね、喧嘩を見に行くのか?」
狼は首を傾げて不思議そうな顔を作る。
庵の言葉を思い出しながら。
(冒険者というのは、正義感が強いです。でなくば、魔物退治なんてしません。そしてより強いという気持ちで溢れています。そこに、一人不安を投じてみてはどうなりますでしょうか?)
……――計画は。
(剣士のプライドをくすぐり、そして剣士同士をぶつけあいさせる。そこに現れるのは、貴方と真雪くん。そして――)
順調だ、と内心呟いて狼は頷く真雪に続く。代金をテーブルに置いてから。
外に出るなり、兎姿でない抹茶を発見し、軽く睨み付けてから、「にっくん、おいで」と端から聞くと優しい声色で呼びかけてから、背中を見せる狼。彼女は、先に走ってる真雪を追いかけ、そこらにいる軍兵に「第二試練成功」という口ぱくをした。
抹茶は不満そうな顔をして、そして兎の姿のまま追いかけては潰されるし、人が邪魔で追いつけないのでその姿のまま追いかけて、現場で兎に戻ろうと思った。
現場に着けば、そこに居るのは野次馬と、黒髪青目の剣士と茶髪黒目の剣士。
真雪はそれを見るなり、自分の相棒でないことを確認し、ほっと息をついた。美闇の手の早さは、知っている。だからこそ、彼は心配だったのだ。美闇は野次馬に混じっていた。
黒い細毛に、柄の悪そうな少し崩れた顔立ち。見るからに、けんかっ早そうだ。服装は、今は冒険中じゃないからか、軽装だ。
美闇を呼びかける真雪、その視線の先の人物を見るより、その先の人物の獲物を確認する。ちゃんと、腰に着いている。それから、人物へ視線を合わせる。真雪につられるように。