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雪は穢れて

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「抹茶、あのね、あのね、今度、お城で私の誕生日パーティーがあって…」
 王女の話を聞きながらも、そこで一つの視線に気づいた。
 此方を見遣る――狼の視線。
 彼女が唇の動きだけで呟く。「どういうつもりだ」と。
 抹茶は、王女に話しかける唇の形で「判らない」と答えた。

 正直な気持ちだ。
 自分が何をしたいか、本当に判らないのだ。
 ただ、強く思うのは。

 (またあの真っ赤な顔見られないかなぁ)

 仄かなくすぶる未発達の心。

*

 狼は先ほどまで真っ赤な顔をしていたかと思えば、今度は真っ青な顔をしていた。
 「……冗談だろ?」
「いいえ、これは庵の提案です」
 きっぱりとそう千鶴が告げると、今度は皆に、各部隊長に視線を向けてから、庵に縋るように、狼は見遣る。庵は苦笑して、千鶴に自分に言わせてと、申し出た。
 千鶴は頷き、席に着く。頬杖をついて拗ねるような態度の狼へ、庵は立ち上がり、狼を説得せんとする。
 「真雪くんは狼様に憧れています。そうでなくとも、意識しておりますわ」
「……まさかぁ!」
「ろーくん、子供です?」
 「黙れ兎」……と、内心思っても、声には出さない庵と狼は、一瞥してから、視線を元に戻す。
 「だから、その貴方が近づいて、困ったことがあると彼らに餡蜜の討伐を依頼するのです」
「……僕は嘘をつくのは嫌いだ、戦力について」
「――狼様のそういうところ、好感が持てますが、今は仕方がありません。それとも、『私たち』の意見に何かご意見が?」
 私たち。普通に聞くとそれは、軍のことを指していると思うのだが、千鶴と庵の二人揃った意見なら尊重すると言ったのを示しているのだろう。
 狼は、嗚呼と唸り、溜息を深く深く二回もついた。
 視線が痛い。皆が期待している眼差しの中のうち、酷く鋭く睨んでいる抹茶の視線が痛い。
 今にも、「僕だって厭だ、おらぁあ!」と怒鳴って剣を振り回したいが、皆の手前それは出来ないし、許されない。自分はもう、総大将と認められている。最初の頃なら出来たかも知れないが、実力を見せてしまった今、出来ない。
 「どう近づく?」
「酒場に冒険者は居ると、決まっておりますし、街に出ればあの子が目敏く気づいてくださるでしょうから、狼様が……そうですわね、この間助けていただいたお礼に、と酒場とか食事処に誘って、それで話して、頃合いに話を切り出せばいいのです。今のような溜息を、憧れの方に目の前でつかれたら、それはもう気になりましょう」
 にこりと最後に頬笑んで言われれば、狼は益々唸り、机に顔を伏せる。
 子供っぽい行動に、千鶴は見て噴き出したが、狼が即座に顔をあげて注意しようとしたら、即座に真顔に戻っていた。その切り返しの早さの憎たらしさと言ったら。
 「……表にとっくに出ている僕ならではの作戦だな。よく思いついたな」
「……それと、もしかしたら、狼様には別行動を取って貰うかもしれません」
「は?」
「彼らに付き添って貰うのです。それなら、見えるところで守れるでしょう?」
「それは、無理だと思うぞ」
 狼は私的な意見ではなく、総大将としての意見を述べる。淡々と。それまでしていた真っ青な表情を消して。
 それに一同は耳を傾ける。
 「あのパーティ、情報によれば、結構な付き合いのパーティだ。団結力も高く、……縄張りも固い。だから、あの三人という人数なんだ。そこへよそ者が、入れるわけないだろう? ましてや、剣士というのはプライドが高い。同じ種類の職の者には居られたくない筈だ。それに年が離れすぎてるから、打ち解けにくくなる。僕は……うう、もうすぐ…もうすぐ…」
「三十路間近」
「言うな! 抹茶、黙れ! 嗚呼ッ、御大将も泣かないで!」
「泣いてないぞ……!」
 ただ頭を抱えているだけだ、とだみ声が響いたが、説得力が無い。
 狼は、頭を抱えたまま、意見を述べる。
 「とにかく、彼らは十代。僕は、そういう年だ。あいつらもいつかは三十路だがな! ざまぁみろ! 馴染めるか、馴染めるわけないだろ、ボケッ! それに、いきなり餡蜜へ戦闘をけしかけるなんて無茶だ! きっと乗り気になるのは、真雪くらいだろう、僕を慕っているとしたら! 実力も合わせるの、大変だぞ?」
「実力を合わせるのは貴方の腕の見せ所でしょう、狼様? そして乗り気に出来ないのなら、事前に乗り気にさせればいいのです」
 庵の優しいけども厳しい声に、狼は顔をあげて、どういうことだ、と問いかける。
 そして、彼女が返答する前に、パーティメンバーの情報を思い出す。
 (確か噂好きが、居たな)
 「事前に餡蜜についての情報を流すのか」
「ええ、弱くなっているという情報」
「……他の者にも流れるぞ?」
「他の者が同時に来たら、隠れ蓑となりやすいでしょう?」
「……成る程」
 確かに悪くない案だ。全く文句が出ない。文句を言いたいのに。抹茶も多分文句を言いたいが、出てこないのだろう。それか、巧く人語を喋れないか、だろう。
 「馴染めるわけ無いだろ、十代に、み、三十路がッ。それに剣士はどうする、剣士はプライドが……ッ」
「御大将が頑張れば、何とかなると思うんですけれどねー」
 にやつきながら、千鶴がこっちを見ている。何かを気づかせようという顔だ。……そういうことか、と溜息をついた。
 「ライバル心を出させるのだな」
「そーいうことです、御大将ッ」
「……あとは、問題無いでしょう?」
「み、三十路はどうするッ。ええい、何回も言わせるな!」
「……ペットでも居れば、そっちに目がいって、馴染みやすいと思うのですが、これには私はお勧めできません。これは、私も千鶴も反対しているのですが、皆が言っております」
 そういって、抹茶を指さす庵。そうか、抹茶を兎の姿でペットとして連れて行けば……気色悪い。抹茶を可愛がらなければならない。気持ち悪い。鳥肌が立つ。
 「……御大将、泣かないでください」
「泣いてなんかいないんだ……!」
 またしても頭を抱えている、と煩い総大将に、一同は苦笑して、抹茶と庵だけが憮然としていた。視線が庵と抹茶がぶつかり合う。
 (真雪を近づけ無くさせるチャンスが出来るのはいいけれど、どういうつもりなんだか)
 (兎の姿じゃ、狼様も真雪くんも襲えないでしょう? 皆が見ている中で)
 「そうだ、王女、王女様は許したのか?!」
「はい、あいつ特有のぶりっことおねだりで……御大将、だから、泣かないでッ!」
「……王女のばかやろー」
 最早泣いてることを否定しない、狼。この女は、本当に世界中が震撼している殺し屋なんだろうか。
 そこへはっとしたのか、狼はきりっとした元の顔で伏せていた顔をあげて、皆を見渡す。
 「ちょっと待て。ということは、餡蜜の恐れている真雪も抹茶も、同じ場所に集中するぞ? ばれるのが覚悟だとするのはいいとして、お前らが危ないじゃないか?」
「御大将、その為の自分ですよ。そこで、副将の自分ですよ。保障してくれたじゃないですか、自分の腕。それに一ヶ所に集まるわけですし。リンチ出来ますよ、リンチ」
 にかっと凛々しく笑いかけてくる千鶴を見て、当初の自信の無さは何処へ行ったのだろうと苦笑しながらも、少しそれが頼もしく思えた。
作品名:雪は穢れて 作家名:かぎのえ