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吉葉ひろし
吉葉ひろし
novelistID. 32011
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ホタルの里

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6月の中旬。妻と子供一人を連れてホタルを見に行くことにした。郷興しとやらで、宣伝されたせいか、細い田舎道は車で混雑していた。対向車とすれ違いも出来ないほどの道である。
関係者だろうか提灯を持って交通整理をしているが、なかなか前に車は進まない。
子供がトイレに行きたいと言い出した。小学3年生である。男なので田んぼにしていいよと言った。進はドアを開けて外に出た。あたりは暗くなっていたが車のライトで進の小便がまるで見えた。すると進の脇に男の子が立った。やはり我慢していたのだろう。
「さっぱりした」
と進が言った。
「あとどのくらいで着くかしら」
妻がそんなことを言った。
宏は妻もトイレだと思った。交通整理をしている人に訪ねた。
「どのくらい時間かかりますか」
「300メートルだけど時間は解らないな」
こんなことなら手前の駐車場に車を止めて歩いたほうが良かったと思った。
ここまで来てはそれも出来ない。Uターンできないのだ。
30分ほどして目的の場所に到着した。トイレは30人ほどの列が出来ていた。
屋台が出ている。焼きそばの臭いがして来た。
全員がトイレを済ませた。
細い山道を歩いた。5分も歩くと
「飛んでいる」「綺麗」
等の声が聞こえて来た。
見える。ホタルの灯り。ふわりゆらりと飛んでいた。
宏は子供のころを思い出した。
ほーほーほたる来い
あっちのみーずは苦いぞ
こっちのみーずは甘いぞ
ホタルを捕まえては蚊帳の中に放して楽しんだ。
ホタル見物を楽しみ山道を降りた。
一匹のホタルが後になり先になり付いて来る。途中でどこかに行くだろうとそれほど気にしてはいなかった。
焼きそばを買い、テントの中で食べ終えた。テントから出ると暗くなった。
するとまたホタルが後先になりながら飛んでいた。それでもホタルの里なので気にする事もなかった。
車に乗りノロノロと走り出すと、紺の浴衣を着た女性が手を挙げていた。
宏は窓を開け
「何か御用ですか」
と言葉をかけた。
「乗せて頂けますか」
宏は下の駐車場から歩いて来たのだと思った。
「どうぞ」
女性は後ろの座席に座った。進と一緒である。
「本当にありがとうございます」
「駐車場までですか」
「いいえ、適当に降りますから窓を開けて置いてください」
と言った。
「紺野霧子と言います」
と聴きもしないのに名前を言った。
帰りも渋滞していた。進は疲れたのか眠ってしまった。
誰も喋らなくなった。
宏は黙って運転していた。車は止まったり少し動いたりしていた。
駐車場に着いた。一応声をかけて見た。
「駐車場に着きましたが」
返事が無かった。
宏は確認しようとルームミラーで後ろを見た。少し前まで白い顔が浮き上がる様に見えたのに、何も見えなかった。今度は自分の目で確かめて見た。
進が横になり眠っているだけであった。
「さっき乗せた女性がいないが降りたのだろうか」
妻に聞いた。
「誰も乗せてはいないでしょう」
「お前どうかしてる」
宏は車を止めて、車を降りた。
後ろのドアを開け座席を調べた。別に変った様子はない。
「進、進」
進をゆり起した。
「ここに女の人が座っていたよな」
「そんな人知らないよ。ホタルがいたけど窓から飛んで行った」
宏は幻覚だったのかと思い始めた。
運転しながらもその事は気になった。

家に着きふと思いついた。近藤霧子である。
その彼女の一枚の絵である。その絵は紺色のワンピースを着た女性であった。
宏が画廊を経営していた時のものであった。
何とか一人前の画家に育てようとしたが、交通事故で命を落とした。
彼女を失い宏も画廊から手を引いた。
もうすっかり彼女を忘れていた。
「私はホタルになり、暗闇のカンバスに今も絵を描いています」
その夜宏はそんな夢を見た。
「今日の絵は素晴らしかったね。一流の画家になったね」
よく見ると紺野霧子は絵の女性であった。
作品名:ホタルの里 作家名:吉葉ひろし