白翁物語 その3
「三国志の話とか、演義のほうじゃないほうね」
「大和朝廷より古い話が好きなのか?」
「僕は曹操が好きだ」
「何だ、人材マニアか」
「出来たら詩人かと言ってほしかったな」
「漢詩は規則尽くめじゃないか、私が規則嫌いなのは分かるだろう?」
「漢詩の中にも分かりやすい物はあるよ、例えば、飲まんと欲すれば琵琶馬上に催す、とかね」
「夜光杯がほしいんならギャラリーに置いてあったぞ」
「なんだ、涼州詩を読んでいたのか」
「こんな会話で楽しいのか?あんたは」
「いい加減あんたはやめてほしいな。見下されているような気がする」
「分かったよ健一、きっと私は猫と同じだ」
「高いところから見下ろすのが好きなのか」
「馬鹿と煙はとも言うしな」
「君が、いや、美希が馬鹿でないのは分かっているんだからそういう振りはしないでくれ」
「はじめてなのに、何故分かる?」
「初めてじゃないよ。君は物事に熱中するようだから気が付いていなかったようだけど、図書館で毎日のようにすれ違っていたよ」
「健一もいたのか?」
「歴史や機械関連の棚に長居する女性は珍しいからね。机に持って行かずにいつも棚で読んでいた」
「必要な情報って沢山の本に散らばっているからね。たかだか12〜3ページを参照するのに棚と机を往復するのも面倒だろう?」
「一回読めば十分なんだね、君は」
「うん」
「そういうところは羨ましいよ」
コーヒーが運ばれてきて、暫くは沈黙が続いた。
「酸っぱいなここのは」 美希がまずけちをつけた。 「どうも私好みの豆ではないみたいだ。それとも気分的なものかな?」
「そういいながらミルクも砂糖も入れないんだね」
「本質的なところでごまかされるのが嫌なんだ」
「悪かったね」
「健一の話じゃない、ここの豆のことだ」
「かけて言っていることくらいはわかるよ」
「じゃあ、教えてくれ。私の事なんか先刻承知だったんなら、何故あのタイミングで私に声をかけたんだ?」
「3月になると何かと忙しい」
「それだけか?」
「布石さ」
「やっぱりそうか。伝言するだけにしてはいやに回りくどいとは思ったんだ」
「伝言が終わって君との縁を切られないためのね」
「自分からわざわざ苦労を背負い込むのか?」
「おかしな噂の半分は消えるんだから君にとっても悪い話じゃないと思うが」
「変な取引をするのはやめてくれ。それよりそろそろ教えてくれないか?」
「ああ、そうだね。遺言の中に美希という少女に短刀を一振譲与する。譲与税については支払ってあるので必ず渡せ、というものだ」
「短刀?」
「短刀だ」
「銘は?」
「知らない。ただ、小名浜の米倉家に、つまり僕の実家にある」
「小名浜?」
「福島県の浜通だよ。問題は、短刀を渡すのはいいが、たくさんあってどれがそうなのか分からない」
「一振といったんだろう?」
「そうだよ」
「目利きは出来る?」
「刀はだめ」
「行くしかないか・・・」
健一は露骨に嬉しそうな顔をした。