白翁物語 その1
「まあ、山田様のご縁の方が望まれるのなら、これも縁でございましょう。よろしうございます。お嬢様が成人なさるまで、この刀は誰にもお売りいたしません」
「ありがとうございます」
「証文を書きましょう」
「いえ、それには及びません、ただ、出来ましたら明日から50日間、だんな様だけが御存知の場所にそのお刀を隠してくださいませんか?」 「はぁ、それはよろしいですが、何かのおまじないで?」
「そう考えてくださって結構です。50日が過ぎたならば椿油を塗りなおしてあげてください」
「わかりました。なにか、こう、山田様に命じられているような気がいたしますな・・・」
「話は変わりますがご主人」
「なんでしょう」
「白翁の絵はありますか」
「ございません。あのお方の絵は画商を通ることはありませんから」
「売り物にならないと?」
「めっそうもない。ごひいきのお客様からも白翁の絵はないのかとよく叱られます」
「希少なのですね」
「世に出た本数からいえば希少ではございません」
「それは、いい意味にとってよろしいんですね」
「もちろん、あれだけの物を手放すというのは余程のこと、と申しますのも全ての品がお相手への思いをこめられておりますので」
「あ、商品じゃなかったんですね」
「左様です。しかし、茶の間で見た白翁の掛け軸に好事家が黙っているわけもなく、このような雑多な画商にまで時々尋ねられるのです。勿論、 私が山崎様と申しておりますのは山田様からの紹介状の中に山崎様のご友人であるとあったからで、そうでなければ山崎様のご迷惑になるような事は答えられま せん」
「ごもっともです。白翁はなぜ白翁と号したのかわかりますか?」 「ご本人からお聞きでないので?」
「私は白翁の友人です。そして、白翁にとって最高の友人でありたいと望んでおります」
「なるほど、お嬢様は山崎様のために回り道をなさってるのですな」
「たどり着く場所は一緒かもしれませんが、トンネルを抜けるよりも峠道を行ったほうが白翁のことを理解できると思ったのです」
「女性に尋ねるのは甚だ失礼とは存じますが、お嬢様は本当にお見かけどおりの御年で?」
「あ、奥様にもお願いしましたけど、私が来たの学校に黙っててくださいね。実は嫌いな体育があるんでさぼってるんです」
主人はほっとした顔になった。
「白翁の号については大切な知り合いにもらったと聞いたことがございます。丁度今月の20日に寄り合いがございます。確かその中に山崎様と同年の方がいらっしゃったはず。詳しく聞いて参りましょう」
「ありがとうございます。では21日にでも」
「さて、それでは何のお構いも出来ませんでしたが、21日にいらっしゃるなら粗食を準備してお待ちしております。お年がお年ですので酒を飲みつつとは参りませんが、夕方においでくだされば話をまとめておきますので」