鶏たちは土の中で飛ぶ
ちょっと冷たいところがあるよなコイツ。
「ふーん」
なにかをするために生まれてきたのに。
なにもしないまま死んでしまうのか。
どうでもいいけど。
Ⅳ 紅い林檎
夜、母親から電話を受け取ると、それは、ボクがいつも迎えに行っている女の子からだった。
普段めったに電話なんか掛けてこないのでうれしい。今度はどんなおもしろいことを言うのだろうか。
『いまヒマ?』
「ひまだけど、なに?」
『いまから、ガムテープと懐中電灯持って学校に来い』
「ええ?今から?」
『八時に集合。じゃあな』
――ガチャッ!――ツーツー……
彼女はいつも独善的で自分勝手だ。全部自分が正しいとでも思っているのだろうか。そういうところがおもしろすぎてたまらない。さぁ、どうやって家を抜けようか。楽しくなってきた。
寝るふりをして、布団の中に服をいっぱい入れて、それを身代りに、ボクは堂々と玄関から家を出た。玄関の前の磨りガラスの戸から両親がテレビドラマを見ているのがわかる。一時間は余裕がありそうだ。布団の中の服を戻すのが面倒だが、これから起こるであろうこと考えると、どうでもよくなる。はやく彼女に会いたい。
彼女の家に寄らなければ、ボクの家から学校までは五分とかからないので、あっというまに校門の前へ着いた。
おおきな麻袋を持った少女が、街頭の下にぽつんと立っていた。
「手伝え」
それだけ言って、校門をよじのぼり、中へどんどん進んでいく。校門は一メートルも無いので正直意味が無い。
ボクも彼女にならってそれを越えた。夜の校舎はやたら暗くおおきく見えて、こわい。
去年村の公民館で『学校の怪談』という映画が上映されて以来、ボクは怖いものが苦手になった。
中に進むと、彼女は飼育小屋の前でじっとしゃがんでニワトリを見つめている。
「なに?どうするの」
「……」
最近、彼女は養鶏所の前のニワトリを見つめていたり、どうしようもない仕方ないことを言ったり、何かあったのだろうか。
「にがしてやるんだ」
そう言って、飼育小屋の安っぽい錠前の留め具の穴に近くにあった箒の柄をつっこみ、梃子の原理で引き抜いた。
「この袋にニワトリを入れろ、全部だ」
「むっ無理!無理だよ」
「男だろ、ニワトリくらいで何びびってんだよ」
「だって、こいつら近所の赤ちゃんの目ぇ突いたってウワサ聞いたし」
「……じゃあいい、オマエはこの袋持ってろ。放すなよ」
動きまわるニワトリがこわくて、ボクは見ているだけで、結局、彼女ひとりで全部捕まえた。
もごもご動いている麻袋がこわい。くるしそうだ。でも、彼女はきっと自分が正しいと信じている。
「ねぇ、袋持ってよ。これ、動き回って気持ち悪いんだけど」
「行くぞ」
そう言うと、彼女はボクの手から袋を奪って校舎の方へどんどん進んでいく。
「ええ?校舎に入るの?良くないよ」
「ガムテープ持ってきたか?」
「持ってきたけど……」
はい、と彼女に渡すと、彼女はおもむろに窓ガラスに張り付け、箒の柄でゴン!と殴り割った。
音はそれほど響いていない。ねぇキミ、どこでそんなこと覚えてきたの。
時折見受けられる彼女の不可解な行動にボクは驚かされてばかりだ。
「これでオマエも共犯者だ。あきらめろ」
「ええー」
「うるせえなあ。早く行くぞ」
怪我しないように開けた穴に腕を突っ込み鍵をあけ、堂々と侵入成功。真っ暗で何か出そう。もう嫌だ。
でも、わくわくしている自分がいる。
「懐中電灯は?」
「あ、忘れた」
「このばか」
ぽかりと殴られた。痛い。でもキミだって麻袋しか持ってきてないじゃんか。
真っ暗な廊下を月明かりだけを頼りに、ふたりで歩いた。職員室の前まで来ると、麻袋を押しつけられる。
彼女はひとり職員室の中へ。
ボクは生き物が嫌いだ。生温かくて、気持ちが悪い。もごもご動く麻袋から生きていると実感できて吐きそうだ。
早く戻ってきてよ。
「ねぇまだー?なにやってるの?」
「うっせえなあ、静かにしろ。もう終わったよ」
手元にカギを持って彼女は戻ってきた。
「それどこのカギ?」
「屋上」
「?」
「行くぞ」
電灯の着いていない階段をボクたちは用心深くあがった。結局、麻袋はボクが持ち続けることになったのだけれど。
不思議なことにニワトリたちは騒がなかった。今からおこることにじっと待ちかまえているのだろうか。
これから何が起こるのか。そして、どうなるのか。ボクは楽しくてしかたない。彼女が屋上のカギを開け、扉の向こうへ。
村で一番月に近い場所。普通なら、ボクたち学生は一度もここには来ることができない。屋上は立ち入り禁にされている。
「うわあ、きれいだねえ。星がいっぱい!」
「流石田舎だな」
ボクが天上一面の星々にみとれているあいだに、彼女は麻袋の紐をとき、一羽のニワトリを抱えた。
彼女がさすってあげると、ニワトリは気持ちが良さそうにアタマをこすりつけていた。
柵のない屋上の端まで来ると、ばっと、ニワトリをその手から放し。
ニワトリは、ばさばさと、力いっぱい羽を動かし、図画工作の教科書で見た木版画みたいに、彫刻刀で削り出された荒い月と墨のような生温い夜に、滲んで消えていってしまった。
ひどい惨状だった。肉と骨が潰れる音を初めて聞いた。さすがに地面をみる勇気はない。
でも、ニワトリたちは飛ぶことをやめなかった。ボクはとめなかった。彼女はそれを見ていた。
帰り道、ふと、彼女に聞いてみた。
「何であんなことしたの」
「どうせ死んじまうんなら、すきなことしたほうがいいだろ。なにかするために生まれてきたんなら」
彼女は変わらない。いつも。いつまでも。わからないけど。誰かはおかしいと言うかもしれない。
でも、彼女はそれでいいんじゃないかとボクは思う。彼女は後悔とかしないと思うから。たぶん。
そうして、ボクたちは真っ赤な地面と真っ黒な空のあいだを家路に着いたのだった。
翌朝、登校すると、校庭は血のあとひとつも見つからないくらいにきれいになっていた。
彼女が何かしら反応するのかと期待していたが、いつもの通りだった。飼育小屋には、もうニワトリはいない。
でも皆そのことに何も言わない。
それらが連れて行かれることはすでに決まっていたことだし、そもそも初めから、ニワトリはそんなに人気がない。
飼育小屋の主役はいつだって、あのふわふわでかわいいウサギだった。そうやって、忘れてしまうものなんだろうか。なにもかも。
昼休み、彼女は教室の一番後ろの席で眠っている。
学校は寝るか、昼ごはんを食べられるところであるとしか認識してないみたい。ボクは話しかけてみた。
「ねぇ、昨日食べたもの覚えてる?」
「朝は卵かけマヨネーズご飯。昼は鯖の煮込みとご飯と大根の入りのみそ汁と林檎のサラダ。夜はお茶漬けとたくわん」
「ねぇ、その前の日は?」
「おぼえてるよ」
「ねぇ、じゃあそのずっと前の日は?」
作品名:鶏たちは土の中で飛ぶ 作家名:海月海