現実
娘は繭を一度撫でる。
「ありがとうございます」
言葉少なだが、しかし繭の中からは大きな胎動の音が聞こえ、先ほどより麗しい何かを感じられるまでになった気がする。
「そうかい、なら良いんだ。こんな俺の愚痴を聞かされても、輝く繭なんてあるもんなんだな」
少女はくすりと笑って答えた。
「理想は、永遠に叶いませんよ」
「わかっちゃあいる、けれどもそれはないんじゃないかい、お嬢――――」
中年は話し途中で絶句した。少女が、頭巾を脱いでいる。顔は何やら半分透いて見え、繭からの光で――――いや、違う。彼女自身もまた繭のように光っている。机の上の繭は、彼女の手から細い糸で繋がっているようだ。
「叶わないものだからこそ、綺麗なもの」
「ひっ」
思わず椅子から転げ落ちる。
「けれども決して羽化しないのです、そして貴方も」
転げ落ちた体を後ずさりしながら起き上がらせていると、なにやら自分の体が光を宿している糸のように見えた。胎動のように、時折強く輝いてはまた失せる。
彼女は虚空に手を少しかざしながら言った。
「その繭を破ったが最後、人は人でなくなるのかもしれません。誰もその答えを知りませんが」
中年は泡を吹いて立ち去った。
少女は、また椅子に座って、次の客を待っている。