現実
少女と思しき姿が深夜に一人、繭のようなものを小さな机の上に載せて、道端に椅子に座り佇んでいる。艶やかな紫色の頭巾を被り、目は窺い知れない。口に笑みを浮かべて、ただ夜に溶け込んでいる。辺りの人通りは、もう殆どない。
男が一人、尋ねてきた。中年で、白髪が少し目立っている。それが、少女の前にある椅子に座った。
「占い師さんよ、俺の人生、何かあるかね。まぁ、もう先の事なんかどうでもいいかもしらんけど」
酔っているようで、その口調はどこか甘ったるく、それでいて息は腐った漬物のような匂いを発している。
「私は占い師ではありません。繭を紡ぐ糸がほしいのです」
「なぁにわけわかんねぇ事言うとるんだ」
中年は、しかしその繭を見てほほぉ、と唸った。瑠璃の糸かのような透き通ったものに見えて、何やら羽毛のように暖かみを感じなくもない。
「んじゃ、その糸とやらはどうやって手に入れるんだい」
少女は微笑みながら静かに口にした。
「貴方の理想を聞くと、育つのです」
「何だか、夢みてぇな話だなぁ。本当なのかい。飲みすぎて三途の川を渡っちまったのか」
「いいえ。ともあれ、お聞かせ願えませんか」
彼女は、促すように柔らかく中年の男に語り掛ける。
「そうかい。んじゃあなぁ」
中年は自分の理想を語り始めた。
「おらぁこの年になって、後悔してるんだわ。嫁さんも貰った、子供も巣立った。何とか仕事にも食らいついてる。でもなんだか、やるせねぇんだわな」
中年は半ば潤んだ目をしながら、腕を組んで顔を沈めている。
「若い頃の元気を、全部会社の上役に掻っ攫われて、子供はろくに顔もださねぇ。嫁さんは稼ぎ頭の俺が帰ってきても冷えた飯をチンさせて終わりだ終わり。仕舞いにゃ赤暖簾で食ってきたほうがうまいってもんだから、お嬢ちゃん、泣けるよこれは」
「お辛いことでしょうに」
「でもなぁ、できることなら、おれは…そうだよ。一度で良いから、みんなに認められたい。この歳になって、もうそんなこともなくなっちまったからよぉ。もう自分でも自分がどっこにいるかさっぱりなんだ」
酒気を帯びたため息が漏れた。
「どうだい、繭の方は」
男が一人、尋ねてきた。中年で、白髪が少し目立っている。それが、少女の前にある椅子に座った。
「占い師さんよ、俺の人生、何かあるかね。まぁ、もう先の事なんかどうでもいいかもしらんけど」
酔っているようで、その口調はどこか甘ったるく、それでいて息は腐った漬物のような匂いを発している。
「私は占い師ではありません。繭を紡ぐ糸がほしいのです」
「なぁにわけわかんねぇ事言うとるんだ」
中年は、しかしその繭を見てほほぉ、と唸った。瑠璃の糸かのような透き通ったものに見えて、何やら羽毛のように暖かみを感じなくもない。
「んじゃ、その糸とやらはどうやって手に入れるんだい」
少女は微笑みながら静かに口にした。
「貴方の理想を聞くと、育つのです」
「何だか、夢みてぇな話だなぁ。本当なのかい。飲みすぎて三途の川を渡っちまったのか」
「いいえ。ともあれ、お聞かせ願えませんか」
彼女は、促すように柔らかく中年の男に語り掛ける。
「そうかい。んじゃあなぁ」
中年は自分の理想を語り始めた。
「おらぁこの年になって、後悔してるんだわ。嫁さんも貰った、子供も巣立った。何とか仕事にも食らいついてる。でもなんだか、やるせねぇんだわな」
中年は半ば潤んだ目をしながら、腕を組んで顔を沈めている。
「若い頃の元気を、全部会社の上役に掻っ攫われて、子供はろくに顔もださねぇ。嫁さんは稼ぎ頭の俺が帰ってきても冷えた飯をチンさせて終わりだ終わり。仕舞いにゃ赤暖簾で食ってきたほうがうまいってもんだから、お嬢ちゃん、泣けるよこれは」
「お辛いことでしょうに」
「でもなぁ、できることなら、おれは…そうだよ。一度で良いから、みんなに認められたい。この歳になって、もうそんなこともなくなっちまったからよぉ。もう自分でも自分がどっこにいるかさっぱりなんだ」
酒気を帯びたため息が漏れた。
「どうだい、繭の方は」