カタルシス
俺は自然と笑みがこぼれるのを覚えた。
「人の人生ってのは誰だってそういうものさ。ただ…」
「ただ・・・?」
そのとき、俺は初めてのぞみおねーさんの悲しい顔を見た気がした。
「ねえ、飛鳥君」
「これから、私達には辛いことが起きるのは絶対なんだ」
のぞみおねーさんにしては珍しく普通のことを言ってるような気がした。
「…そりゃ、生きてりゃ誰だって悲しいことはあるよ」
少し焦った心でのぞみおねーさんへと言葉を返す。
だけど、俺は経験的に知っている。こういうときは感情的にしゃべる言葉ほどのぞみおねーさんにはよく届くということを。
―――けれど。
「そういえば、今日は君は18歳だったな」
―――会話を変えられた。それは、言い換えるならば無視。
―――言うならば、拒絶。
「うん」
でも、そのことは口にはしない。たぶん、小さな頃の俺はこういう話題のすり替えに気づいてなかっただけにすぎないんだから。
きっと…。
「18歳か・・・。そうか、18歳なのか」
のぞみおねーさんはまた、いつかのような笑顔になり、言った
「ハッピーバースデー、飛鳥」
「…ありがとう」
素直に祝福されるのが苦手な俺は思わず、目をそらし、空を仰いだ。
綺麗な青空だった。けれども、この青空もいつかは曇り、やがては雨を降らし、はたまた雷や雪を降らせるのかと思うと、やはり心は憂鬱になった。
「空を見てるのか?」
「うん」
「きれいだな」
「のぞみおねーさんがそういうこと言うのって珍しいね」
「人は変るものよ」
俺らはしばらくの間、そうやって空を眺めていた。
久しぶりに会う。あこがれののぞみおねーさん。なのに、俺の心は変ってしまっていたみたいだ。今、ここにあるこの世界への違和感でどこか押しつぶされてしまいそうだった。それほど、今の俺らには違和感があった。
―――ふと、腕時計のアラームが鳴った。
「……これってさ、のぞみおねーさんが消えちゃった日に買ったんだ」
俺は重い口を、逆に自由にしゃべらせた。
「・・・」
彼女は応えない。そこにどんな意が隠されているかなんてことは俺には何もわからない。
「でも、それからちょっとしたら天狗についての怪談を俺は聞いたんだ。」
「…天狗か。おもしろいものに食いつくんだな。君は」
「俺さ、それからずっとのぞみおねーさんのことをさ、天狗だって思い込んでたんだ。…恥ずかしい話だけど」
「ふふ・・・」
俺の好きな、のぞみおねーさんの笑顔。小さい頃、この笑顔に触れられたからこそ、やっぱり、今の俺がいるのかもしれない
「けどさ、のぞみおねーさんを忘れないために買った腕時計なのにさ。いつしかだんだんと俺の生活だけを刻むものになってさ。いつの間にか、のぞみおねーさんのことが俺の中で薄くなってたんだ」
「大丈夫。私はいつだって君を忘れなかったよ」
臆面もなく言うのぞみおねーさんがやっぱり眩しかった。
「このアラームはさ。いつも起きる時間のアラーム。俺、これから学校に行かなきゃだめなんだ」
「そうか、学校か。楽しいか?」
「まあね。・・・のぞみおねーさんは学校に行かなかったの?」
……返事は来なかった。視線を空から隣にいたはずののぞみおねーさんに向けたが、そこには誰もいなかった。やっぱり、彼女は天狗なのかもしれない。