カミサマカクシ
「日本には、まだたくさん人でないモノが住んでいるのですね」
「お前の家にも犬や猫はいるだろう」
町の見物に出た帰り、満足そうな(彼女自身それを表にだしているつもりはないだろうが)妹はそう言いながら、お腹の前で手を組んだ。
「そうじゃなくて、山の上を飛んでいる烏の親玉みたいなものたちなどですよ。あと沼人みたいなお皿を乗せたものとか、動く市松人形とか」
「烏の親玉、か?」
「ほらあれですよう」
スピカは遥か遠くを指差した。
その時はまだ青空だった。青に薄くかかった雲を背景に、長い髪がやたらにきらめいていたのが印象に残っている。
「お兄さまのお家にもたくさんいらっしゃいますよね? いいなあ、私のところは大きいものが多い上にかなりの引きこもりなのです。わざわざ森に出向かないと会えない場合が多くって」
「お前の家の庭は結構広いと思うが」
「あそこでは、そうかもしれませんね。でも自然を表す英国式庭園と言っても結局は人工物にしかすぎません。妖精たちにはそれで十分らしいのですが、どうも木精や水精には合わないようです」
「木精?」
「ええと、ほら、ドライアドとかそういうのですよ」
「神、か?」
首をかしげた自分に、妹はぎょっとしたように慌てて首を振った。
「いいえ、神様はただお一人だけです。でも、妖精や精霊はそれこそ星の数のようにいるのですよ」
成程な――そうして自分はこう言い返したのだった。
「しかし日本には全てのものには神が宿るという考えがあって、八百万の神神と言う」
神――優しく暖かくもあれば厳しくもあり、時として怪異も起こすその存在。その圧倒的な力で、酷く気にいらないものを徹底的に排したり、逆に心底気に入ったものを取ってしまうことがある。
「神、隠し」
呆然と呟くしかなかった。自然と駆け戻っていた足が止まる。
先ほど会話をしながら通り過ぎた箇所は、もうとうに過ぎていた。妹の姿は、見えない。
「……どうも私の故郷の方々は、宗教以外は低俗なものとみなしているようです」
「そうみたいだな」
もしも彼女の言葉が何かの怒りに触れてしまっていたとしたら?
「だから、その神神と言う言葉ではお兄さまの言う言葉は、今一つ理解できないのですが……」
「何だ?」
「木木や泉、自然のものにも意思があるというのは、スピリットとしてなら理解できます。私も実際よく見てますから」
それとも彼女が、何かとても強いものを魅了してしまっていたとしたら。隠し神が欲しがるかも、わからない。
「冗談じゃないぞ」
闇が全てを喰らいながら、ひたひたと迫ってくる。
「そんなのって、ないだろう」
紅の光さえ、もう西の端に沈もうとしている。
ああ、こんなことになるなら気など遣わず手を繋いで置けばよかった。
「私は、許さない」
暁彦はもう一度袖で風を切って振り向くと、一本道を外れて走り出した。
「許さんぞ」