カミサマカクシ
「……スピカ?」
黄昏時、あるいは逢魔ヶ時と呼ばれている時間帯のことだった。
少年はそろそろ、自分の後ろに付いてきていると思っていた妹をおぶろうと振り返った。
踏み均された大地がむき出しになっている、名ばかりの街道。
ひょろりと細長い影法師が紅い夕日に照らされて、深く濃く浮かび上がっている。先程までは確かに大小ふたつの影法師が並んでいたのだ。しかし今は少年のぶんだけしかない。
山道まで続いている一本道にはくっきりと踏み固められた茶色い線が伸びておる。道に外れようはずもない。彼女はふらふらとどこかへ、それも断りもなく行ってしまうほど幼くはないし、一体どうしてしまったのだろう。
人攫いか痴漢にあったのならば、自分にも気付かぬはずがない。まず最悪の事態を想定し、却下。それにこのあたりは大して治安も悪くない。せめて小さな妹を、守りきれると思うぐらいには。
ざあん。
音を立てて風が駆けていく。
どこか遠くで山と風と木木が鳴く。
闇の気配が濃密さを増していく。どうしようもなく空が紅い。
「――っスピカっ!」
搾り出すように張り上げた声は、裏返ってまるで悲鳴のようになってしまった。
あたりを見回して、もう一度。
「スピカ、っスピカ!?」
どうせ周りに人家はない、多少の騒音など問題にならないだろうと土地勘のある少年は踏んだ。
前を向けば後ろに、振り返ればまたその後ろに何かいるのではという、気味の悪い想像が押し寄せる。自分がずっと前を先導していたではないか、これ以上先にいるということは絶対にないだろう。
スピカの義兄である暁彦(あきひこ)はそう判断した。
戻らなくては、早く。早く妹を見つけて家に帰らなくては……。
着物の裾をはためかせ、羽織を風に任せながら兄はもと来た道を走った。
どこから妹の姿を見失ったか? どこから会話が途切れたか?
……焦れば焦るほど混乱してくるのが自分でも分かる。ああ、こんな状態の記憶など、信用なぞできるものか……。